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美容外科ブログ

2022年9月20日
広島北部の山村地帯

忘れつつある日本人本来の暮らし 先日、広島に住む英国人の友人から「日本の古民家を手に入れたので見に来ないか?」と誘われた。”英国人の友人が何故日本の古い家屋に興味があるのだろう?”僕はそのことに興味を抱いた。そこで、折りたたみ式自転車を新幹線に持ち込んで広島まで出かけることにした。ぼーっとしながら車窓を眺めていると、東京ー広島間の4時間はあっという間にに過ぎた。東京で仕事をしていると、常に何かに追い立てられるような生活が続く。このように何もしないで過ごせる時間が、逆にとても貴重だ。広島駅で友人と会い、そこからバスで1時間、広島県と島根県境の高速道路パーキングで下車した。梅雨のまっただ中のこの時期、雨がしとしとと降っているが、緑豊かな田園風景がとても美しい。高速パーキングで折りたたみ式自転車を組み立て、友人と一緒に、45分ほどの山道を自転車をこいだ。この景色は僕が幼少時代、北海道の田舎で見慣れていたものだったせいか、その想い出が30年以上の時間を飛び越えて、僕の脳にフラッシュバックした。田んぼには無数のオタマジャクシが泳ぎ、雨がに塗れたアスファルトの上には蛙が跳ね、ミミズがはってる。都会は時代とともに急速に変化するが、こういった田舎はあまり変わっていないと思った。 友人は週一度この家を訪れるが、その間ここには人の気配がないため、蛇や熊が出ることもあるらしい。僕が訪れた時はマムシを含め、3匹の蛇を見かけた。この家は今から10年以上前、前住人が他界されてからずっと空き家になっていた。少なくとも100年以上前に立てられたらしく、縁側には障子、囲炉裏に藁葺き屋根など、日本古来の文化が残されていた。こういった日本文化は、第二次世界大戦、その後の高度経済発展の中で、いつの間にか忘れ去られつつある。だが、この英国人の友人は、普通の日本人以上に伝統的な日本文化に興味があり、この家を手に入れた。古民家に到着して気になったのがライフラインが配備されているかどうかだった。とりあえず電気は通っていた。だがそれ以外、つまり水道、ガス等は配備されていない。水は家の裏にある小川から水を引き込み、ガスの代わりに薪を焚く囲炉裏を使うしかない。水は飲料水として安全なのだろうか。友人曰く、この小川の水は、飲料水としての水質検査に合格しているとのこと。何しろ、小川が流れるこの家の裏の森林地帯には過去100年間、居住した形跡がなく、水が汚染されていないのだ。 久しぶりの魚釣り 広島をバスで出発する直前、友人は「この先、買い物する場所はないので、必要なものは今買いなさい。」と言う。僕は駅に隣接したマーケットでスナックやビールを買った。友人は僕に「それで十分なのか?」と念を押す。都会の生活に慣れた僕は”せめてコンビニくらいあるだろうから、そこで何か買えばいい。”と軽く考えた。だが、この場所には友人が言った通り、買い物をする場所はどこにもなかった。僕が友人に「これだけの食べ物じゃ、お腹がすぐにすいてしまうよ。」と訴えると、友人はあきれた顔をして「俺の言うことを信用しないからだよ。」とつぶやいた。友人は続けて、「でも、ここにいるとストレスがないせいか、それほどお腹がすかないから大丈夫。もし、どうしてもお腹が空いたら、魚釣りに行こう。」と言った。”魚釣り?”ここ何十年も魚釣りをしたことがなかった。子供の頃の魚釣りの楽しい想い出した途端、僕の胸はわくわくした。 小川では”岩魚”が釣れるという。餌のミミズを捕まえて、自転車で渓流に向かった。夕方近くのこの時間帯、隙があれば血を吸おうとする蚊を振りよけながら、こっちも今晩のおかずを手に入れるため、冷たい水の中に足をつけて魚釣りをした。日が落ちるまでにようやく何匹かの岩魚を釣り上げた。雨は一日中ずっと降っている。カッパを着ていても長時間雨に打たれると、水が肌まで染み寒さで体が震えた。僕は生活防水処置がされた腕時計をつけ、携帯時計をポケットに入れていたが、降りしきる雨の勢いに負けたのか、その両方が故障した。そもそも携帯用の電波は届いていないし、時間を正確に知る必要もなかったので、この場所にいる限り、携帯も時計役に立たなかった。 家に着くと、友人は囲炉裏の薪に火をおこした。体は一日中雨に打たれて芯まで冷え切っていた。僕たちは濡れた衣類を急いで脱ぎ、乾いた服に着替え、火おきた囲炉裏の前に横たわった。囲炉裏の火を見ながら次第に体が温まってゆくこの感覚、とても気持ち良かった。湿気が多いせいか、薪も不完全燃焼のため白い煙がもくもくと出て、部屋中が燻製のような独特な臭いに覆われた。さっきまで家のそこらじゅうにいた蛾やハエ、蚊などが、いつの間にかこの煙を嫌っていなくなった。これも昔からの生活の知恵なのかと感心した。早速、釣ってきた岩魚を串にさして焼いた。これが今晩の主食、僕はありがたいと思って頭からがぶりとかじったが、この上なく美味しかった。時計が壊れたので、時間はわからないが、知る必要もなかった。お腹が満たされると、疲労のせいかすぐに眠たくなった。僕たちは、寝袋にくるまり、囲炉裏の火を見ながらビールを飲んでいると、想い出話に花が咲いた。気がつくと僕たちはいつの間にか深い眠りに落ちていた。 本当の幸せ 広島県北部の山村地帯で友人と数日過ごした後、僕は東京に戻った。品川駅のホームには無数の人が黙々と歩いている。たった数日の小旅行だったのに、かなり久しぶりに東京に戻ってきたように思えた。それはこの貴重な体験を通して、僕の魂がリフレッシュされたから、そのように感じたのかもしれない。僕はある程度お金を用意して旅行に出だが、実際に使用したのは交通費と多少の食料費のみだった。山村地帯ではお金を使う場所がないのだから、いくらお金を持っていても全く意味がない。しかし、普段東京でお金を使って何かをする以上に僕はここでの体験に幸せを感じた。逆に、東京のような大都会ではお金がなければ快適に暮らしてゆけない。そのせいか、都会で暮らす人は、お金があれば何でも手に入るとか、お金さえあれば幸せになれると勘違いしやすい。だが、実際にはお金が人にもたらすのは物質的なものであることが多い。人はお金によってもたらされる物質的な物に囲まれても、幸せを感じる生き物ではない。人は物質的な物よりも、むしろ、精神的(スピリチュアル)に充実して、幸せになれる。 たとえば、大都会の人が欲しいものが何かというアンケートの答えは”水、魚、そして緑”だった。今回僕の経験した暮らしには、なんとその3つが見事に揃っている。だから、僕は東京での生活以上に幸せを感じたのかもしれない。合理主義を重んじる米国人ですら夢や憧れにしているのが、”別荘を持ち、薪をくべる暖炉(日本の囲炉裏)の前でたたずむシンプルな生活”なのだ。人々にとって本当の幸せとは、”自然と一体化したシンプルな生活とそこから得られる心の平安”であることを僕はこの体験を通して確信した。

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