GINZA CUVO

2010年9月アーカイブ

P1000561クリニックが休診日の週末に久しく帰郷していない北海道に戻った。 羽田夜9時の便で新千歳空港に飛び、札幌へ到着したのは夜11時過ぎだった。 買い物をしようと24hコンビニストアを探したが、北海道にはあまりない。何とか見つけて入ってみたものの、店員以外は誰もおらず、あまりの静けさに、つい先ほどまでいた東京とは別世界に来たように感じた。東京で暮らすようになって10年、僕の感覚もすっかり賑やかで忙しい街東京のモードにどっぷり漬かってしまった。

9月上旬、連日35度を超える猛暑の東京とは異なり、この時期の北海道は平年より暑いが、夜は窓を開けるだけで冷房なしで寝れるほど快適だ。今回北海道に戻った理由は、この地で初めてのバイクツーリングを試みるためだった。僕は9月末に遅い夏休みをとる予定だが、その際、米国ハワイの美容外科医友人とヨーロッパで開催される美容外科学会に参加する際、数日間のヨーロッパバイクツーリングを行う予定なので、その予行演習として北海道でのツーリングを思い立った。

乗り物好きの僕は今から10年以上前、北海道で外科研修医をしていた頃、1時間あった昼休みを利用して大型自動2輪免許を取得した。大型自動2輪免許は簡単に取得できると思っていたが、いざ実技試験を受けると、S字カーブで足をつき、不合格となり悔しい思いをした。なんとか2回目で合格したが、昼休みを利用しての免許取得は予想以上に大変だった。その後仕事が多忙になり、大型自動2輪免許は維持していたものの、実際にバイクに乗る機会は一度もなかった。

北海道はツーリングのメッカとして人気が高い。早速あるバイクショップに連絡して、ツーリングで人気の高い1200 cc クラスの大型ハーレーダビッドソンを24時間レンタルした。僕はいわゆる”雨男”と呼ばれ、何かイベントを計画すると、それまで好天が続いていても、突然雨が降り出すことが多い。今回も天気予報を見ると、なんと僕がツーリングを計画した2日間だけ雨予報となっていた。だが、僕は同時にかなり楽観的な人間で、”何とかなるさ、東京でもう1ヶ月以上も雨が降っておらず、たまには雨に当たってみるのもよいだろう”とくらいに考えた。

ヨーロッパでのツーリングでは1日300~400キロの走行を予定している。今回その予行として札幌から道東オホーツク海沿岸まで370キロの往復を2日間で行うことにした。念のため、雨合羽上下をショルダーバックに入れてた。 札幌を昼過ぎに出発した時点では好天に恵まれ、 初めてのツーリングにわくわくした気持ちで旅立った。

ブレイクの後

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P1000534"どんなビジネスでも始めること止めることはそれほど困難ではない。難しいのはそのビジネスをいかに安定維持できるかなのだ。"この格言を今になって痛切に感じるようになった。開業前、渋谷の美容外科で勤務医をしていた頃、そろそろ僕も何か新しいことを始めたいと思うようになっていた。ある日、旅行に出かける予定のお客さんが、その直前に目の下のクマ(くま)、たるみ治療を行えるかカウンセリングにやってきた。

僕は最近海外で学んだ皮膚を切らない新しい手法であれば抜糸などの術後処置がなく、旅行前でも治療を行えると伝えた。このお客さんは早速治療を受けたいと申し出て、治療を行っのだが、旅行から帰ってきた時にはすっかり綺麗になっていた。

当時の眼周囲治療は皮膚切開を伴うオーソドックスな手法が一般的だった。しかし、この手法は傷跡の問題や回復時間が遷延するため、必ずしも患者さんに人気のある治療ではなかった。そのため、眼周囲のたるみを外科的に治したくても、こういったデメリットのせいで、治療をためらうお客さんが後を絶たなかった。

これに変わる良い治療がないかと探していた時に、皮膚を切らずに行う目の下のたるみ治療を海外で学び、"これはすばらしい治療である!"と直感した。 この治療を見ていた看護師さんも「先生、この新しい治療はとても良いですね!きっと人気がでますよ。」と僕に伝えた。その時、"この新しい治療を中心に自分のクリニックを立ち上げたらうまくゆくかもしれない"と思った。

僕の予想通り、2005年春の開業以来、この治療は人気を博し、2008年夏頃まで患者数は増加の一途をたどった。一番混み合った2007年後半には予約が4ヶ月待ちにまで達した。人気の理由を今振り返ると、2005年から2008年夏のリーマンショックまで日本の景気がずっと上り調子だったことを追い風に、 この治療が非常に優れていることを主調した医師が誰もおらず、この治療に関して 僕の独壇場となったためである。

だがどの分野でも人気絶頂のいわゆる"ブレイク"状態になると、そこにはさまざまな落とし穴がある。僕の場合、この治療に有頂天となり、外科医として最も大切な一つ一つの治療を大切にして、たとえ些細なことでも何かあれば常に反省する態度を失ってしまった。

美容治療はとてもデリケートなので、こういった反省を怠ると治療結果が粗くなり、次第に評判を落とすという悪循環に陥ってしまうのだ。また、僕のクリニックのブレイクを外から見ていた競合他院が価格を下げたり、奇をてらった手法を用いたりと、あの手この手でこの顧客層の流れをつかむことに躍起するため、2007年末を境にブレイクは次第に沈静化した。

僕は当時日本であまり行われていなかったこの治療の価値をどんなに周りから批判されても主調し続けた。その結果ようやく今になってこの治療の価値が一般的に認知されるようになった。残念ながら、どんなブレイクでもその先には必ず終わりがある。だが本当に大切なのはブレイクが終わった後、いかにソフトランディングし、それを継続してゆけるかなのだ。

開業以来6年半が経過した今月、ちょうど6000名の治療を終えた。苦い経験も含め、多くの患者さんの治療を経験し、今はどんな症例が来ても良好な結果を出す揺るぎない自信を得た。 この治療に再び大きなブレイクが起こることはないし、起こる必要もない。今後は過去の反省を生かしながら、一人一人を大切にする治療を目立たず焦らず続けてゆけたらと思う。


銀座CUVOクリニック切開なしの治療法

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