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美容外科ブログ

2022年9月20日
ある夜の出来事-5

尊い命

暖房の効いた当直室ベッドの上に横になると、あまりにも気持ちが良く、”このまま好きなだけ寝られたらどんなに幸せだろう。”と思った。けたたましい電話のベルとともに、1時間後には無理矢理目を開けざるを得なかった。電話口の看護師さんは「先生、朝方の救急患者さんの家族が説明を聴きにいらしています。」と伝えた。僕は「すぐに外来に降りてゆくから。」と言って電話を切った。

外来には患者さんのご主人とその息子と娘の3人が心配そうな顔をしながら座っていた。僕は次のように切り出した。「○○さんは本日未明、港から海に落ち、それを見ていた釣り人が警察に通報し、20分後に救出された後この病院に運ばれました。」普段着のまま自ら海に飛び込んだことを釣り人が目撃しているので入水自殺したことは明らかだったが、僕はその事には触れず、事実のみを正確に伝えた。

このようなあまりに突然の出来事に遭遇した場合、家族は涙を流すなどの感情を示すことはなく、あまりに動揺しているせいか、逆に黙りこくってしまうことのほうが多い。

ご主人が重い口を開いて「どのような状態なのでしょうか?」と僕に尋ねた。僕は出来るだけ冷静に「一命は取り留めましたが、現在意識不明の状態で、どこまで回復するかはっきりと申し上げることはできません。」と答えた。

ご主人は「よろしくお願いします。」とだけ言って、また口を閉じた。もしかすると、家族には奥さんが自殺を試みた心当たりがあるのかもしれないと思ったが、それは医師が興味本位で関与するべき点ではなかった。医師は出来る限りの手を尽くして、この患者さんを回復するよう、最善を尽くすことがその使命なのだ。

その後、小康状態が続いたが、肺炎が思いの外早期に回復に向かい始め、自発呼吸できるようになったため、治療4日目に人工呼吸器をはずした。治療1週間後にには開眼したり、呼びかけに反応するようになり、脳機能も回復の兆候を示し始めた。

家族は毎日入れ替わりで付き添っていたが、意識の回復を見て安心したのか、笑顔を見せるようになった。

治療開始10日後には意識が完全に戻った。だが、話すことは出来ない。言葉は喉の筋肉を円滑に動かすことで発生されるので、脳神経が傷害されると、こういった高次機能が回復するには時間がかかる。医療的な治療が終わると、リハビリ治療に引き渡される。ここからは作業療法士さんたちが繰り返し、歩行訓練や言語機能回復へ向けてのリハビリ療法を根気よく行った。そのおかげで治療1ヶ月後にはほぼ言葉が戻り、歩行も出来るようになった。

回復するにつれ患者さん本人も元気になり、笑顔を見せるようになった。 入院から2ヶ月後、患者さんはやや歩き方がおぼつかないものの、それ以外の機能は順調に回復し、退院するにいたった。”真冬の海の20分間の溺水状態からの回復”、珍しい症例なので、僕は治療過程をまとめてその春行われた救急学会で発表した。

”何故自殺しようと思ったのか?助かったのは嬉しかったのか?それとも本当は助かりたくなかったのか?”僕は患者さんの自殺の動機を知りたいと思ったが、最後まで聞き出せなかった。せっかく、順調に回復したのに、自殺したことを思い出させたくなかったからだ。

この患者さんはご主人の女性関係に悩んで自殺を思い立ったことを風の噂で耳にした。多分、彼女はこの辛い事実を知ったとき、衝動的に命を絶とうと思ったのかもしれない。しかし、彼女も冷静に考えれるようになれば、夫の女性問題も、彼女にとって、命を捨てるほどのことではないと思い直すだろう。

だからこそ、自殺未遂の人の命を救うことも意味があると僕は考えた。北海道の遠隔地で救急医療を行っていると、多くの自殺関連の治療に遭遇した。何らかの理由で将来を悲観し、鬱状態となり、自ら命を絶とうとする場合が多かった。北海道遠隔地で自殺が多いのは、都会に比べて経済的に困窮する場合が多かったり、 希薄な社会関係から孤独に陥るなど、鬱状態に導く悪因子があるのかもしれない。

尊い命を自ら絶つ行為の自殺は、治療していても何とも言えなく後味が悪い。自殺のない社会を築くことこそが我々を幸せに導く健全な方向性であろう。

その後僕は救急医療を離れ、僕は東京で美容医療に従事することになった。あるとき、その街に里帰りする機会があり、ふとあのときの溺水患者さんのことが気になった。あの事故から数年が経過していたが、僕は当時の看護師さんに彼女がどうしているかを尋ねた。その看護師さんは「先生、知らなかったんですか?」と言いにくそうに答えた。嫌な予感だしたが、僕は「どうなったの?」と聞き返した。その看護師さんは「あれから1年後、今度は首を吊って、発見されたときには亡くなっていたんです。」と答えた。

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