GINZA CUVO

2009年12月アーカイブ

北京は日本から空路 で3時間余りの距離にある中国の首都である。人口は1600万人ほどで中国共産党本部が存在する。文化的には中国清朝最後の皇帝、溥儀を描いた映画”ラストエンペラー”で有名な紫禁城がある。また、1989年、中国の民主化を求めた学生たちがデモを繰り広げた末、軍に弾圧され多くの犠牲者が出た天安門広場がこの街の中心に位置している。そして、2008年には中国でオリンピックが開催され、中国のめざましい発展が世界に示された。


中国の大都市では北京、上海が有名だが、これらの都市を日本の都市にたとえると、北京が東京、上海が大阪に相当するらしい。つまり、行政中心地が北京であり、商業を基盤にするのが上海なのだ。前回北京を訪れたのは、オリンピックが開催される随分前だったので、北京の様変わりには驚いた。当時の北京は自転車がたくさん走っていたが、今はその面影はほとんどなく、自転車は車に取って代わり、道路は時間にかかわらず常に大渋滞となっていた。


今回北京を訪れたのは、先日大連で行った解剖実習セミナーでお世話になった先生への挨拶と、北京を中心に新たに立ち上がったアンチエイジング研究会視察が目的であった。人口抑制のための一人っ子政策の影響で、近い将来、高齢化が訪れる中国でも、アンチエイジング医療はすでに注目を集め始めていた。アンチエイジング医療は一大ビジネスチャンスでもあるから、諸外国企業が我先にと、この巨大マーケットに狙いをつけている真っ最中なのだ。


真冬のこの時期、北京やソウルなどアジア大陸の内陸都市に行くと、極度の乾燥と氷点下となる極寒の気候に遭遇せざるを得ない。この気候は大陸性独特の現象で、アジア大陸のみならず、米国内陸都市でも同様だが、空気が非常に乾燥しているので、呼吸をするたびに粘膜が乾き、息苦しさを感じた。


北京でも雪が降ることはあるが、積もることはほとんどない。その理由は、空気があまりにも乾燥しているため、雪がすぐに気化してしまうためらしい。それに比べると、海に囲まれた日本は、真冬でも空気は乾燥せず、とても暮らしやすい。いかに日本が恵まれた環境の国であるかをこういった機会に実感する。


健康には自信のあるほうだが、こういった厳しい環境下で、僕はひっきりなしに水を飲み続けた。また、普段から長時間睡眠をとる習慣があるため、睡眠時間が短くなると、すぐにばててしまった。それに比べて、今回同行したジャーナリストの友人は、こんな環境下でも水を飲むこともなく、短時間の睡眠でぴんぴんとしている。


植物でもサボテンのようにほとんど水が無くても生きれるものから、熱帯樹林のように常に湿潤した環境でなければ、すぐに駄目になってしまう種類もある。 普段の生活では彼より僕のほうが明らかに健康的だが、 こういった過酷な環境下では友人のほうが僕よりも丈夫だった。海外の慣れない環境下で生活を強いられるときは、健康に過信することなく、体調管理を優先的にし、ゆとりを持って行動すべきことを改めて考えさせられた。

 

先日、秋葉原で行われた臨床抗老化学会の帰りに下町の繁華街へ立ち寄った。時刻は午後10時過ぎだったが、交差点に突然救急車が現れた。”どこか近くのビルでけが人でもでたのか?”と思ったが、救急車から降りてきた隊員たちは通報のあった住所を確認している。

けが人や病人らしき人があたりにいなく、救急隊員も途方に暮れている感じだった。救急隊員が 繁華街にいる一人の客引きの男となにやら話しをした後、救急隊員たちは担架を交差点の路地に運んだ。


一体どのような患者さんなのだろう?僕も好奇心に駆られて近づくと、ホームレスと思われる初老の女性が地面の上で横たわっていた。救急隊員が声をかけても反応に乏しく、その日はかなり気温が下がっていたが、薄い毛布をかけているだけで寒さに震えているようだった。

近くの客引きの男が「この女性、もうここに3日間も寝ているし、今晩は気温が下がり、雨が降るかもしれない。そうなると、命を落とす可能性がある。」と言った。多分、そこにいた客引きの誰かが、彼女の安否を気遣って救急車を呼んだのだろう。救急隊員はこのホームレス女性に何度か声をかけたが、まともな返事は返ってこなかった。


この結末がどうなるか知りたく、そこにいたかったが、友人たちが寒そうなそぶりをしながら「早く次に行こう。」と僕を呼び、仕方がなくその場を去った。

すっかり盛り上がった宴会後、横たわっていた女性のことも忘れていた。帰り際、同じ道を通ったところ、 先ほどの救急隊が彼女を収容したらしく、 ホームレス女性はそこにいなかった。それを見て僕はほっとした。


今から15年前、ニューヨークに留学していた頃、いたる所にホームレスがいた。だが、街行く人たちのほとんどがホームレスの存在を無視していた。その理由は「彼らにはホームレスの収容所など救いの手がさしのべられている。にもかかわらず、街中をうろついているのは彼ら自身の責任だ。」と言うことだった。


確かに理屈はその通りかも知れないが、真冬のニューヨークのアスファルトの上で息絶え絶えのホームレスたちを無視するのは忍びなかった。それに比べると、救急車が連れて行った今回の女性ホームレスのように、弱者を救う社会体制のある日本は、どんなに不景気といえどもまだ余裕がある国なのだ。


世界には毎日、口に入れる物を見つけるのに苦労する国がたくさんある。ある人が言っていたが、そういった貧しい国々の人たちがもし現在の日本に暮らしたら、経済的に豊かな現状に歓喜して毎日お祭り騒ぎをするだろうと言っていた。物は考えようで、現状に悲観するよりも、もっと楽観的に考えるべきで、この日本に暮らしていることは大変ありがたいことと再認識すべきであろう。



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