GINZA CUVO

2009年8月アーカイブ

蘇生


気管内挿管と心臓マッサージ、体内に輸液のための静脈確保等、蘇生のために最優先に行うべき処置を試みた。しばらく心臓マッサージをしていると心臓の動きが次第に回復し始めた。到着当時はほとんど触れなかった脈拍も、心臓の働きが回復するにつれ触れるようになり、血圧も次第に安定してきた。僕はこの時点で一命を取り留めることが出来ると確信した。

心肺機能の回復が見込まれると、溺水によって起こったさまざまな症状改善を図る必要があった。体温を測ると33℃と低体温状態に陥っていた。体を温める必要があったが、急激に体を温めると、細胞が破壊され体内電解質異常を引き起こし、再び心肺停止となりかねない。こういった場合、体を毛布でくるみ、次第に体温が上昇するように処置する必要があった。

肺のレントゲン写真を見ると、肺下部が真っ白になっていた。これは大量に海水を飲み込んだため、誤嚥性肺炎を起こしていることを意味する。海水は塩分を含んでいるため、浸透圧の影響で、水はけが悪く、真水を誤飲したときより、肺炎の状態がおもわしくない。肺炎が早期に回復するよう、静脈からステロイドと抗生物質を投与した。


蘇生処置が一段落した後、警察からこの事故の事情を聞いた。まだ真っ暗な午前4時半頃、港で魚釣りをしていた人が、人が海に飛び込むのを目撃したと言う。警察への通報から20分後、飛び込んだ人はレスキュー隊によって救出された。当時の気温0℃、水温は4℃と極寒の海に自殺目的で自ら身を投げたことが判明した。

不幸中の幸いは、海水温が4℃と低かったこと。通常の水温だと、入水してから3~4分以内に人は死に至るが、今回のように水温が低いと、人は海に飛び込んだ途端、低体温となり、体内酸素消費量が急激に減少するため、10分以上無呼吸状態でも生存している可能性が高くなる。

昔読んだ文献に、春先、薄氷の張った湖で遊んでいた子供が割れた氷から水中に落ち、40分後に湖底で発見されたが、水温が低かったために一命を取り留めたとの報告を読んだことがあった。今回のケースは約20分近くの無呼吸状態だが、この文献同様、低体温状態であったために、回復する可能性が考えられた。

患者さんは50代の女性だった。命は助かったとしても、一番懸念されたのは脳機能の回復だ。脳は大量の酸素を消費して活動するため、無酸素状態になると一番最初に損傷される。残念ながら、一度損傷された脳細胞は残念ながら再生されない。つまり、たとえ心肺機能を保たれても、無酸素による脳細胞の損傷が起こると脳死や植物状態となり、意識が戻らないかもしれなかった。

警察から事情を聞いていると、救急室の看護師さんが「先生、患者さんが痙攣し始めています。すぐに来てください。」と僕を呼んだ。人工呼吸器で酸素が体内に運ばれ、脳細胞まで行き渡ると、脳が過興奮し、痙攣が起きることがある。これは悪い兆候ではなく、むしろ回復へ良い兆候であった。僕は抗けいれん剤のバルビツールを投与し、沈静化をはかった。

だが、脳神経機能状態の指標となる瞳孔反射は完全に消失しており、この患者さんの意識がどこまで回復するのかは不明のままだった。人工呼吸器をつけたまま集中治療室に移動させた時点で蘇生処置は終了した。

時計を見ると午前8時を廻り、外はすでに明るくなっていた。病院職員たちの出勤が始まっていた。若い見習い看護師さんたちがにこにこしながら「おはようございます。」と僕に挨拶をする。僕は疲れ切っていたせいか、「ああ、おはよう。」とだけ言った後、1時間後の外来診察の前に、一眠りしようと足早に当直室へ戻った。

 

DOA (Dead On Arrival)


これは夢ではなく現実に起こっていることだった。僕は頭の中で次のように推測した。市街地からパトカーが出動した。音は遠ざかって言ったから、何かが市街地の外で起こったのだ。その後しばらくしてから救急車が出動した。警察と救急隊の出動が同時にある場合、交通事故など何らかの事故が発生したことを意味する。

僕の気持ちは緊張感で張り巡らされた。布団をめくり、寝間着代わりに着ていた手術着の紐をしっかりと結んだ。30分ほどすると、救急車のサイレンは次第に大きくなり、病院のすぐそばま近づいた。

ほどなくパトカー、救急車はサイレンの音を止まり、救急外来玄関に到着し、窓からは回転する救急車の赤い警告灯の光が差し込んでくる。僕は覚悟を決めて、救急病棟に向かった。僕は当直室のある4階から階段を急いで下りた。救急車の赤い警告灯。4年前救急当直を不安な気持ちで初めて当直した夜も、救急車のサイレンとこの赤い警告灯で夜中に飛び起きた。そのとき運ばれてきたのは頭を切った患者さんだったが、当時の僕はその程度の患者さんの処置でも緊張で手が震えていた。 

すでに救急医療に従事して4年、僕はどのような患者さんが来ても対処する出来るようになっていたから、不安はなかった。パトカーの出動から、交通事故の患者さんが運ばれてくることを予想して救急室に入った。特に外科を中心に研修していたので、外傷患者の対応は得意としていたのだ。

顔なじみの救急隊員がドアの外の冷たい空気とともに慌てた様子で救急室に入ってきた。僕はこの救急隊員に「交通事故ですか?」と尋ねた。彼の答えは「海に落ちた溺水の患者さんです!」と息を切らしながら答えた。

”溺水”それは人が水に溺れることを意味する。人は肺から酸素呼吸をして生命活動を維持する。だから、水に溺れ、3~4分程度無呼吸状態に陥ると死に至ることが少なくない。この患者さんは担架の上に乗せられていたが、すでにぐったりしていて、仮死状態に陥っていると判断した。

救急医療では”DOA”(Dead On Arrival)をしばしば経験する。”DOA”とは救急外来に患者さ到着した時点で、瞳孔散大、心肺停止、脈拍(-)の状態、つまり死の3大兆候が確認できる状態を言う。

事故などが原因で死に至る場合、医師が死の認定をし、死亡診断書を作成する義務がある。だから、たとえ明らかな”DOA”状態であっても、患者さんたちは死の認定をするために救急外来に担ぎ込まれてくることも少なくなかった。

溺水患者を救急外来で担当することも僕にとっては初めてではなかった。道東では珍しいほど暑いある夏の休日の午後、僕はいつものように救急当直をしていると、汗にまみれた救急隊員が一人の患者さんを運んできた。海水浴をしていた40代の男性が海に潜っている最中に溺れたのだ。明らかな”DOA”であったが、心肺蘇生を試みた。気管内挿管による人工呼吸器装着と心臓マッサージをしばらく試みたが、心電図上の波形は平らなまま時間は過ぎ去った。僕は蘇生をあきらめたが、この蘇生の終了時を死亡時刻と認定した。

この患者さんは病院に運び込まれるかなり前にすでに亡くなっていたはずだ。だが、救急外来では患者さんがすでに亡くなっていたとしても、しばらく蘇生を試みた後、医師確認のもとで死を認定することが習慣となっていた。

今回の溺水患者さんも”DOA”であることを予想した。だが、心電図をつけると、その波形はかなり弱っているものの、心臓がかすかに動いてることが確認できた。”蘇生できるかもしれない!”僕の鼓動は高鳴った。

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