GINZA CUVO

2009年4月アーカイブ

適度に飲むと体にとても良いビール ニューヨーク留学中、僕はアイルランド出身のボスのもとで研究生活を送った。大学院で医学博士号の研究はいっこうに進まず、3年近くをマンハッタンの研究室で過ごした。一研究者の僕は、生活費ですべて消える程度の薄給だったので、ニューヨークの贅沢な生活を楽しむことはできなかった。そんな僕が留学生時代、唯一楽しみにしていたのが、金曜日の午後、研究を早めに切り上げて、同僚たちと大学院キャンパスバーで飲むビールだった。こんな時、ボスのアイルランド人たちとギネスビールで乾杯することが多かった。ギネスビールは飲み始めた頃は苦さばかり感じたが、飲み慣れてくるとこのビール独特のコクのある風味にすっかりはまった。 ビールを飲み過ぎると、ビール腹になる。そしていくつく果てはメタボリック症候群のように、ビールには健康に悪いイメージがある。だが、ビールは古代メソポタミア頃から人々に愛されてきた歴史ある飲み物なのだ。実際、ビールには50種類以上のビタミン、アミノ酸、ミネラルがバランス良く含まれたサプリのような飲み物であり、ビール大国ドイツでは「ビールと塩漬けキャベツがあれば、医者いらず。」ということわざがあるほどだ。僕がニューヨーク時代はまったギネスビールにも興味深い逸話がある。昔、アイルランドでは妊婦さんたちが栄養豊富なこのビールを常用していたのだ。だが、アイルランドの新生児に、ある一定の割合で脊髄形成に問題が他地域より高率に発生することが分かった。なんとこの原因がアルコールと判明し、それ以来、アイルランドの妊婦さんたちはビール常用をやめるようになったのだ! 美味しいビールの秘密 一口にビールと言っても、その銘柄、製造方法などからたくさんの種類がある。通常のビールはビール酵母がビール自体を変性させるので、加熱処理をしてビール酵母を除去する。だが、その代償としてビールの新鮮な風味を失うことになる。ビール酵母を加熱殺菌せず、濾過したのが生ビールで、ビールの風味が保たれてとても美味しい。その代わり、ビール酵母が完全に除外されているわけではないので、あまり日持ちしない。だから、ビールサーバーから注がれる樽生ビールが新鮮で一番美味しいはずだ。確かに僕が研修医時代を過ごした、道東の街で通ったお寿司屋さんの樽生ビールは、この上なく美味しかった。 それに比べると、東京で飲む樽生ビールはそれほどは美味し感じない。 それは何故だろうか?樽生ビールは栄養豊富なため、ビールサーバーが清潔に保たれていないと、常在酵素などがビールの栄養素を分解し、風味が損なわれてしまう。また、樽生ビールは開栓してから数日以内に飲みきらないと、やはり時間とともに劣化する。お寿司屋さんは清潔が一番なので、ビールサーバーを毎日掃除する。また、僕の通ったお寿司屋さんはとても繁盛していたので、樽生ビールがいつも新鮮だった。それが僕の通ったお寿司屋さんで飲む樽生ビールがとても美味しい理由だった。つまり、生ビールはお刺身やお寿司と同様に、新鮮さが命のとてもデリケートな食品で、その管理は想像以上に大変なのだ。 僕は地元のサッポロビール派だが、北海道では意外にも東京のアサヒビールの人気が高い。 それは 北海道の人たちが、地元の物より遠く(東京)の物に価値を見いだす傾向があることや、テレビCMの影響があるかもしれない。いずれにせよ、美味しいと感じるものが体に良いことは間違いない。東京暮らしが長くなった今、僕はサッポロビールをはじめ、昔、自分の間近にあった地元の物が大切に思えるようになった。
ポルトガルで感じた本当の幸せ 成功した美容外科クリニックは週末を休日に出来るようになるという。美容外科にいらっしゃるお客さんたちは、週末に治療を行いたいと思うだろうから、週末にクリニックを開けておいた方が商売としては都合がよい。だが、そこで働く美容外科医も、出来れば他の人たち同様、のんびりとした週末を過ごしたいと思っている。しかし、開業したての頃は顧客獲得や、開業資金返済のため、休み返上で働かなければいけない。休みをとれるようになっただけでも良い方で、稼ぎ時の週末を休めるようになるには、少なくとも4~5年着実に働き、良い評判を得ることで経営的に安定してからの話だ。ポルトガルのアンジェロ医師の場合、すでに10年近くクリニックを営み、経営的に安定していたので、土日は休業していた。 週末僕は他の研修医たちとリスボン市街の観光に出かけた。レストランにはいると、休日は昼間からでも水代わりにワインが出てきたが、どのお店でも1ボトル500円くらいで十分に美味しかった。リスボンで生活すれば、たぶん東京の10分の1程度のお金で十分だろう。リスボン旧市街に行ってみると、道路は石畳から出来ており、少なくとも4~500年前のものと思われる建造物に今も多くの人が暮らしていた。特に有名な観光名所はないが、歴史あるリスボン独特の雰囲気に浸っているだけで十分に楽しむことが出来た。 ポルトガルを訪れ、僕は自分が経済大国に暮らしていることを改めて感じた。東京では街を大多数の人が忙しそうな顔をしながら行き先を急いでいる。我々は常に生活に追われているような切迫感があるが、人の集まるところでは物価が高くなるので、それは経済大国で暮らす者たちの宿命なのかもしれない。それに比べると、ポルトガルは経済的大国ではないものの、そこに暮らす人々は余裕を持ちながら人生を楽しんでいる。これは一体どういうことなのだろうか?自国が経済的に豊かであれば、そこに暮らす国民も経済的に恵まれ、幸せになれると考えるのが一般的だろう。だが、それは真実だろうか?僕はポルトガルのような国を訪れて、そうは思わなくなった。むしろ、経済的に豊かになろうとすればするほど、急がしく働きまわり、心の余裕を失い、結果的に幸せを失うことになりかねない。そもそも、幸せを獲得するにはそれほどのお金は必要がない。 もちろん、衣食住に困るような貧困状態では幸せを得られないのは当然だが、安定した衣食住さえあれば、幸せは考え方次第で誰にでも手にはいるはずなのだ。だが、残念ながら我々はお金さえあれば何でも手に入るといった妄想や、将来どうなるかわからないといった不安への備えとしてお金への過信から、知らず知らずのうちにお金にマインドコントロールされている。お金にマインドコントロールされると、お金を稼ぐことが人生の目的のようになり、人々は心の余裕を失い、心の余裕が最も大切な条件である本当の幸せを失うことになる。これでは本末転倒というもので、我々がそもそも何のために生きているか分からなくなってしまう。日本の現状は残念ながら、米、英先進諸国と足並みを揃えてこのマインドコントロールにかかっていると言わざるを得ない。 ポルトガルは日本のように経済的繁栄を享受していないが、それはかえって良いことなのだろうかとすら思える。僕はアンジェロ医師に「ポルトガル人の生活は楽しそうですね。」と問いかけると、彼は「はい、我々は人生を謳歌する方法を知っています。」と言った。「それは何ですか?」と続けて尋ねると、アンジェロ医師はにこっとして次のように答えた。「我々ポルトガル人がイギリスやフランス、ドイツなどの経済大国の仲間入りをしないことです。経済発展は彼らに任せておけばいいのです。もし、お金持ちになりたければ、そういった国々で働くのがいいでしょう。でも、お金持ちになっても幸せになれるとは限りません。本当の幸せは心の豊かさにあります。経済的豊かさを深追いせず、心の豊かさを保つことが肝心なのです」と。

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