GINZA CUVO

2008年10月アーカイブ

英国の美容医療 戦後しばらく元気のなかった英国だったが、ここ最近はロシアやインド、東南アジア新興国などからの巨額の資金が投資目的で英国に流れ込み、つい最近サブプライム問題を発端とした世界的株価急落まで、英国経済は好景気に沸いていた。一昨年、僕たち美容医療の仲間たちは、アンチエイジング事情を取材に英国まで飛んだ。アンチエイジング医療は外科的アプローチとそれ以外(内科的、皮膚科的など)アプローチに大別される。僕が普段行っているのがアンチエイジングの美容外科的アプローチだが、いわゆる”美容整形”とは異なる。いわゆる”美容整形”は顔面骨を削ったり、シリコンで出来たインプラントを鼻やあご、胸に挿入したりと、顔や体を基礎となる骨の部分から変える治療行為である。僕が行う医療は、顔に存在する不必要なたるみ組織(脂肪やその支持組織)を適切に除去し、たるみのない元気な顔にすること。こういった外科的アンチエイジング医療を、東京大学美容外科では”抗加齢外科”と呼ぶらしいが、僕の治療はまさにこの事を意味する。 米国留学の経験のある僕にとって、西洋文化圏に対して、さほど苦手意識はない。そもそもアメリカ人たちの祖先はメイフラワー号で遙か海を越えてやってきた英国人たちなのだ。イギリス訪問は今回が初めてだったが、日本と同様、島国の英国ははどちらかというと保守的なお国柄であった。そのため、美容外科的手法を用いてまで、自分を変えたり若返らせたりする発想を持たない。美容先進国のフランスやイタリアなどには、世界で名の知れた有名美容外科医がいる。だが、英国には著名な美容外科医はおらず、どうしても美容外科治療を希望する英国人セレブたちは、米国ハリウッドまで出向いて美容治療を行う。 チェルシー・スタジアム 今回英国を訪れたもう一つの理由は、サッカー発祥の地、英国でのサッカー観戦だ。ロンドン中心部から地下鉄で20分ほどの場所にある、ロンドン南部チェルシー区に向かった。試合開始時刻は午後6時だったが、僕たちは午後3時頃、チェルシー・スタジアムに到着した。チームカラー(ユニフォーム色)が青のチェルシー、青いユニフォームを着たファンたちが会場近くに大勢詰めかけ、みな興奮気味の様子だ。こうなったら、僕たちもにわかチェルシーファンになるしかない。会場近くのサッカーショップでユニフォームを買い、身につけた。 英国には歴史的にパブ文化が存在する。ロンドンでは仕事を終えたビジネスマンたちが帰宅前にパブに立ち寄り、ビールを飲みながら友人たちと歓談しながらその日の疲れを癒やす。僕のニューヨーク留学時代の上司が英国人だったこともあり、留学時代、ちょくちょくマンハッタンの英国パブに連れて行ってもらったものだ。”フィッシュアンドチップ”と呼ばれる魚とお芋のフライをつまみに、英国人独特のジョークに大笑いしながらビールを飲む。そんな何気ない一時が意外にも楽しく、なかなか進まない基礎研究に対するストレス発散の場となっていたことを昨日のように想い出した。 アンチエイジングとサッカー観戦 すでに試合前のこの時間、パブには大勢のチェルシーファンが詰めかけ、ビールを片手に応援歌を歌っている。僕たちもついついパブに引き込まれ、彼らと一緒にビールジョッキを片手に応援歌を歌った。試合開始時間頃、サッカー競技場は満席になっていた。パブで飲んだビールで酔いがまわり、僕たちのテンションも上がった。英国プレミアリーグの中で常にトップを争う強豪チェルシー、前回のワールドカップで活躍した各国選手たちの顔が目白押しだ。僕たちは他の観客たちとともに喚起の声を上げながらレベルの高い試合内容に酔いしれた。アンチエイジングとサッカー観戦、何か関連性はあるだろうか。僕はサッカー観戦する周囲の大人たちの顔を見回した。どの顔もみな、童心に戻ったような表情でこの一時に夢中になっていた。 そもそも、人生の目的は充実した時間を過ごすこにある。つまり、自分の好きなことを楽しみ、興味あることに夢中になることで、充実感が得られる。そして、充実した時間を出来るだけ長く過ごすことは、健康的で元気に生きること、つまりアンチエイジングに直結する。ぼくはそんなことを思いながらサッカー観戦を続けた。
ヒトの寿命 最近、2年ぶりに再開した友人から、僕が以前より元気で若返ったとのコメントを得た。2年前の僕はクリニック経営安定のため、がむしゃらに働いていたので自分自身の健康状態をベストに保つ余裕がなかった。最近ようやくクリニックが安定し、自分の健康状態をベストに保てるようになったので、2年前より若返ったのかもしれない。ところで、人は本当に若返ることは可能なのだろうか?以前の僕のように、人は不摂生な生活をしていると、 実年齢より5~10歳、 簡単に老け込んでしまう。逆に、健康的な生活を取り戻すことで、人は5~10歳ほど若返ることが可能になる。 ヒトの寿命は遺伝子上、120歳程度と考えられている。日本人の平均寿命は80代半ばなので、たとえ平均寿命を全うしたとしても、何らかの疾患(ガン、脳卒中や心筋梗塞)で亡くなったことになる。先日、名優の緒形拳さんが71歳で他界されたが、彼の死因もやはりガンだった。上記に挙げた日本人の3死因は老化現象と強い関係がある。ヒトは老化し免疫力が弱ると、ガン細胞が暴れ出し、制御不能となって命を落とす。また、老化に伴い血管系が弾力性を失うと、血管が破れたり血栓が詰まって、脳卒中や心筋梗塞で死に至る。つまり、老化を食い止めることで、死に直結する恐ろしい病を予防できる。 アキレス腱断裂も老化が原因? 2年前、僕はフットサルプレー中にアキレス腱断裂を受傷した。今思うと、あの怪我も不摂生で運動不足であったにもかかわらず、強引にフットサルを行ったからだった。つまり、その直接的原因は、老化によって僕のアキレス腱の弾力性が失われていたことに他ならない。それ以来、僕は生活習慣を改め、出来る限り健康的な生活をするように心がけた。そして現在、隔週で1時間程フットサルを行っているが、以前より快活にプレーが出来るようになった。約10名でプレーするフットサル仲間内で、40代の僕が最年長である。そんな僕でも、30代前半(約10歳年下)の仲間たちとは、ほとんど違和感なくプレー出来る。だが、20代前半(約20歳年下)の仲間たちには太刀打ちできない。僕は普段から自転車で通勤しているので、体力(持久力)には自信がある。つまり、年齢が高くなってもそう簡単に持久力は衰えない。だが、20代の仲間に備わっている瞬発力は、僕の体力から見事に欠落しているのだ。そして、この瞬発力だけはどんなにトレーニングをしても取り返すことは出来ない。だから、人は若返りを試みても、せいぜい10歳程度が限界なのかもしれない。 体を老化させない方法 もちろん、ヒトは生まれてきた限り死だけは免れない。では、どのように死を迎えるのがベストなのだろうか?それは死を迎える最期の瞬間まで、出来る限り健康でいることではなかろうか。 生きている間、ガンや脳卒中、心筋梗塞などの病気をわずらうことなく、出来るだけ健康ではつらつと生きることは、その人にとってはもちろんのこと、その人を取り巻く家族や社会にとっても計り知れない価値がある。どんなにお金や時間があったとしても、健康でなければそれらを十分に謳歌することは出来ない。健康なまま寿命を全うするか、それとも病を患って死に至るか。その結末は普段からの心がけ次第で大きく異なると言っても過言ではない。下記に記載したいくつかの老化予防のための心がけを普段から行うだけで、10歳程度の若返りが可能となり、ガンや脳卒中、心筋梗塞などを大幅に予防出来るであろう。 1. 良質な物を食べ、きれいな水を飲む 。 2. 新陳代謝を高める。(入浴、有酸素運動) 3.よく眠る。 4. 禁煙する。 5. ストレッチをする 。
知人の割烹料理店 先日友人の紹介で、開店したばかりの割烹料理店を訪れた。金をあしらった装飾品が多いこのお店、店長が金をトレードマークにしているらしい。さすが割烹料理らしく、美味しいばかりではなく、見た目も美しい料理が次々に出てきた。コースの途中で、なぜか新たに割り箸が出された。僕は何も考えずにその割り箸をすぐに真っ二つに割った。”あれっ?”と思った瞬間、お箸の間から金粉が舞い散った。それを見たお店の女将さんは僕に向かって「私の説明を聞く前にお箸を割ってしまったんですね。。」と言った。僕以外の残りの友人たちは誰も箸を割っていなかった。僕は”またやってしまった。”と思った。僕は周りの知人たちから”せっかち”と言われることがある。外科医の仕事上、僕は出来るだけ効率よく手術を終えようと常に心がけている。何故なら、手術はシンプルかつ短時間で終了する方が、腫れなどが少なく、良い結果がでやすいからだ。 米国の外科医 今から12年ほど前、僕は米国フィラデルフィア、トーマス・ジェファーソン大学で整形外科研修のための短期留学をした。この経験を通して、僕は米国外科医たちに大きな影響を受けることになった。その中の一つのエピソードを”せっかち”というキーワードから、ふと想い出した。ある日、僕はこの施設で著名な外科医の手術に立ち会った。この医師は60代後半の長老医師で、その名前が病院の施設名に使われるほどの功績を残していた。普段は温厚そうなこの医師、手術が始まると、まるでスイッチが突然入ったの如く、機敏に動き出した。手術は助手が医師の要求する道具を次々に出しながら進んでゆく。この助手は、手術前やや緊張の面持ちだったが、どうやら、初めてこの長老医師の助手についたらしい。手術中盤、この医師が要求した道具を助手が出せずにもたついた。この医師は「早く!!」と叫ぶ。助手は慌てたが、どうしても道具を見つけることが出来なかった。この医師はその様子を見るやいなや、すかさず「交代!!」と叫び、新米助手をベテランに代えた。この新米助手は悔しかったのか、手術手袋をはぎ取って、床に投げつけた。だが、手術はテンポ良く進むのが最優先、もたもたしている助手の面倒を見ている暇はない。この医師の手術中の態度は”せっかち”そのものであった。 手術とリズム 外科医は過去に培った経験から得た自信を頼りに、迅速かつ積極的に手術を進める必要がある。次の操作が少しでも遅れたら、手術のリズムが崩れることがある。そのため、手術中、ある程度”せっかち”になるのはやむを得ない。これが僕が先輩外科医たちから学んだ真実であった。僕自身、いつの間にか、この”せっかち”を身につけてしまった。そんな僕のリズムで助手をするクリニックの看護師さんたちも大変だが、僕もこのリズムだけはどうしても譲れない。先ほど述べた米国の長老医師と同様、良い結果を出すことが最優先されるからだ。 そんなことを考えながら、僕は割り箸の間から机の上に落ちた金粉を拾おうとした。しかし、金粉はあまりに薄く、慌てて拾おうとする動作とともにあたりに舞い散ってしまった。 それを見ていた女将さんは僕に「お客さん、あーもったいない。金粉は体にとても良いんですから。」と言った。僕の場合、このように普段の生活でも”せっかち”な面がついつい出てしまう。「すみません、僕は”せっかち”なので。」と苦笑いをしながら女将さんに答えた。

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