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美容外科ブログ

2022年9月21日
“孤高のメス”

街をぶらぶらしていると映画、”孤高のメス”の看板が見えた。テレビのない生活から半年以上経過し、最初こそやや寂しい感じがした。だが最近は逆に余計な雑音の少ない快適な生活をしていたが、このタイトルを見たとき、久しぶりに映画を見ようと思った。

映画と言えば高額な制作費をかけ、エンターテイメント要素の強いハリウッド映画のイメージがあまりにも強く、日本映画はそれに比べて精彩を欠き、これまで足を運ぶことはほとんどなかった。2時間程だったが、臨場感があふれる中身の濃い映画で十分に楽しめた。映画のストーリーは、”医師として一番必要なことは患者さんを救うこと”を再確認できるものだった。

学生気分の抜けないまま医師になった僕の場合、臨床医とならず大学院での研究生活を送っていた。だが学生時代、研究者となる教育を受けたわけではなく、しばらくの間どのように研究すべきが方針が立たず、ただただ途方にくれたことが記憶に新しい。

同僚の研究医たちはプライドがとても高く、”医師は科学者だから研究をしなければだめだ。もし研究が出来なければ、しょうがないから臨床医にでもなればよい。”と言われた。つまり、まるで研究医が臨床医よりも優れているような考え方を信じ込まされ、研究が出来ない僕は常に劣等感にさいなまれた。

この映画の主人公の外科医は教授を目指したりする野望がなく、一臨床医として患者の命を救う使命を貫いていた。そもそも医師は患者の命を救うという大前提の元に教育を受けるが、その後お金や名声欲などの邪念に誘惑されることが少なくない。

そんな邪念にまみれると、映画の中でもあったように医師同士の足の引っ張り合いのような事態が起こりうる。それは男の嫉妬による嫌がらせだが、僕も美容外科医になりたての頃、そういったネガティブな影響を受けた経験があり、男の嫉妬は男女間の嫉妬よりたちが悪いと正直思った。

映画のクライマックスは脳死患者取り扱いに関する医師倫理を問うデリケートな話題だった。だが主人公は自分の医師生命を失いかねない治療でもひるむことなくチャレンジし、その治療を成功に導いた。有資格者である医師はともすると保身を優先的に仕事を行おうとする。だが自分の人生をかけるくらいの勇気を示してこそ、かけがえのない治療をなし得ることをこの映画は教えてくれた。

有能な外科医である主人公は、望めば教授になることもさほど困難ではなかったはずだ。映画のエンディングは主人公がどこかの街の病院で手術をしているシーンでフェイドアウトする。名誉や権力への野望は所詮自分のエゴでしかなくそれほど重要ではない。 患者さんから”ありがとう”と感謝されることにこそ、医師として本当の価値がある。そんなことを感じさせてくれる大変見応えのある映画だった。

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