2022年9月20日
ロス・アンジェルス「オレンジ・カウンティ」-2
テロ犯と勘違い 何故、彼らがそんなに興奮しているのか腑に落ちないまま、彼らの命令に従った。僕がこの飛行機の乗客であることを確認すると、男たちは落ち着きを取り戻し、僕に次のように説明した。「一度空港の外に出ると、絶対に空港内に戻ることは出来ません。それは防犯上の理由です。我々はFBIの私服捜査官です。空港内をテロ行為から警備しています。今回のように、一度空港外から出たにもかかわらず、そのような手荷物を持ちながら駆け足で飛行機に近寄ると、我々はあなたを航空機を爆破するテロ犯と疑わざるを得ません。もし、あなたが命令に応じない場合、射殺することする可能性もあるのです!」と。僕は唖然とした。確かに、僕は丸めた上着を片手に持ちながら、小走りで飛行機に向かった。それはテロリスと間違われても仕方のない行為だった。20年前、この国はすでにテロに対する緊張感が高まっていた。一人のFBI捜査官が近づき、意気消沈している僕の肩に手を回しながら、「驚かせて申し訳なかったね。しかし、多くの人命がかかっている航空機テロの恐怖は計り知れません。だから、我々は飛行場は常に厳戒態勢で警備しているのです。」と言った。僕は「迷惑をかけて申し訳ありませんでした。」とこの捜査官に謝罪した。 とんだハプニングに見舞われたが、 彼の優しさに心打たれ、僕は安堵した。 空港には訪問先の医師が迎えに来てくれる予定だったが、待ち合わせ時間になってもなかなか現れない。携帯電話のない時代、ひたすら待つしかなかった。僕は腹をくくって、旅行カバンを地面に横置きにし、その隣にあぐらをかいた。空港はさまざまな人々でごった返していた。旅行客は盗難などの犯罪に巻き込まれやすいという。確かに旅行カバンやカメラをぶら下げながら、ぼーっとしていれば、”私は旅行客です。お金も持っていますから、盗んでください。”と宣伝しているのと変わらない。だが、 空港内に座り込む僕のことを日本人旅行客とは誰も思わなかったらしく、誰一人僕に目をくれる者はいなかった。このように図々しく振る舞う方がこの国ではむしろ安全なのだ。待ち合わせ時刻から一時間近く経過してようやく迎えの医師が現れた。この医師の午後の診療が長引いたのが遅れの原因だった。 ロス・アンジェルスでの生活 さんさんと降り注ぐ太陽と真っ青な空に涼しい空気、この居心地の良さは他に類をみない。「どうしてロス・アンジェルスはこんなにさわやかなんですか?」と医師に尋ねると、「冷たいカリフォルニア海流が天然の冷房装置になっているのです。」と答えた。8月の夏真っ盛りのこの時期、医師宅がある海岸沿いの気温は25度だが、ロス・アンジェルスから内陸に位置するアリゾナの気温は40度近くまで上昇する。このようにロス・アンジェルスは熱すぎず、寒すぎずの温暖な気候のため、多くの人がこの街に住み着くようになった。敷地面積の広いアメリカの高級住宅街はとても静かで、僕は小鳥のさえずりとともに朝8時頃、気持ちよく目覚めた。本当の贅沢とは日々の暮らしにこのような自然をふんだんに取り入れ、心静まる空間を得ることなのだろう。 庭の一角には米国人の成功の証と言われるスイミングプールがあった。起床とともにプールで一泳ぎし、水着の上にバスローブを羽織った。水は幾分冷たかったが、さんさんと降り注ぐ太陽の光はすぐに体を温めてくれた。プール際のテーブルに、庭で今朝取れたてのグレープフルーツとシリアルが用意されていた。 ロス・アンジェルス高級住宅街はハリウッド映画でおなじみだが、まさに映画の1シーンの中にいるような生活がそこにあった。こういった雰囲気に熱しやすい僕は、このライフ・スタイルにすっかり魅了され、こんな生活が将来出来たらと思うようになった。 また、米国にはのんびりとした週末を過ごす習慣がある。金曜日の午後になるとラジオ番組は”まだ仕事をしている人はさっさと仕事は切り上げましょう!楽しい週末を過ごす準備はできてますか?”と週末モードを盛り上げる。この日、僕は医師の診療見は学を午前中に終えた後、午後は医師の知人たちと公園の芝生の上で、医師の妻が作った自家製サンドイッチを食べ ながら、のんびりと過ごした。夕方になると涼しい風が吹き、真夏だというのにジャケットが必要になるほどだった。夜は野外でシェークスピアの舞台を見た。 一時を過ごしたロス・アンジェルスの高級住宅街での生活。当時の僕にとって夢のように素敵な場所だった。だが、実際にはこの国には人種差別、格差社会、麻薬汚染、テロの脅威などさまざまな問題同時に存在していた。旅行で異国を訪れる限り(お金を使う側にいる限り)、その国の悪い面を見たり、いやな思いをすることはあまりない。そのため、僕はこの旅行を通して、米国の良い点ばかりを知ったような気がした。この国の良い点、それはこの国に暮らしているとしばしば感じる明るく楽しいムードだったが、それらはいかに生み出されているのだろうか?その答えは、彼らが自分たちの人生を最大限楽しむにはどのように生きるべきかを常に優先的に考えているから。彼らは楽しい週末を過ごすためには平日一生懸命働くことを惜しまない。そして、一生懸命働いた報いとして、週末は金曜午後から休みにすべきと多くの人が思っている。それとは逆に、日本では勤勉さを優先的に考え、金曜午後から休みにするような寛容性は一般的に受け入れられない。むしろ、あまり長く休むと罪悪感すら感じ、休暇は一生懸命働いたご褒美程度といった仕事優先の文化が存在する。僕はこの旅行から、こういった日米文化の根本的違いに気づいた。そしてこの気づきは、後年僕の人生に大きな影響を与えるようになった。