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後世に残る仕事

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先日の学会で久しぶりに再会した40代前半の医師たちですが、彼女・彼らはいまだ”ヤル”気満々で、中でも開業間もない後輩の1人は、どうやって集客すべきか?とか、従業員をどのようにまとめ教育すべきか?などの質問を僕に投げかけました。

 

現在彼はクリニックをいかに安定軌道に乗せるかに懸命ですが、それは僕も彼の如く開業間もない若かりし頃は同様だったので、その姿を懐かしく観ていると彼の仲間が僕に「ところで先生は最近は何をしていますか?」と唐突に質問しました。

 

そこで僕は「4~5年前から診療の合間に取り組んでいた英語論文がようやく最近完成し、それが米国形成外科・雑誌に掲載された達成感に浸っています」と伝えると、その後輩は「そんなお金にならない執筆活動を何の為にするのですか??」と言いました。

 

後輩からの予想外の質問に、思わず僕は答えに詰まったので一呼吸置いてから「そうね~、、趣味みたいな感じかなぁ。。」とありきたりに答えましたが、現在僕の価値観はこの質問を僕に投げかけた若手医師のビジネス優先志向と大きく異なり、お金儲け(現実的)よりもっと壮大(夢ある)な創作活動みたいな仕事(論文執筆)にやり甲斐を感じています(^_^)

 

逆にこの歳(開業18年目)の僕がいまだに若手医師たち同様、クリニック経営に奔走しているとすれば、”一体これまで何をやっていた?、診療・経営方針が誤っていた?、それとも僕は開業医に向いていなかった?”などなど、かなり深刻な問題です。。(゜◇゜)ガーン

 

つまり50代中半に差し掛かった僕には、既にあまり欲しい”モノ”がなくなり、それを手に入れるためのお金儲けもにもあまり関心が無くなりましたが、その代わりに湧き上がったのが”自分の生きた証”(後生に残す何か)を達成することで、それが医師の場合、自分のやった仕事を論文化することなのです。

 

何故なら外科医の場合、沢山良い手術をすればするほど多くの患者さんの手術結果として残り、さらにその結果は患者さんたちの喜び・幸せにも繋がりますが、もしその患者さんたちが時間の流れと共に惜しくもこの世を去る日が訪れたなら、その手術結果も消滅してしまいます。。

 

つまり名医がたとえどんなに良い手術をしても、それが後生永遠に残る事は無く月日の流れがその手術も、そしてその手術執刀医も忘却の彼方へ連れ去ってしまう運命にありますが、唯一それを食い止める方法が論文作成で、もしそれが成されたらその手術方法・結果は文字記録として永遠に残るのです。

 

もし英語が得意な方は、是非僕のこの論文に目を通して見てください(^_^)

 

しかも出来ればそれは英語論文にまとめるべきで、何故なら日本語は世界人口(73億人)のわずか1億人余りしか使用しませんが英語人口は15億人、つまり5人に1人が英語使用するので、英語論文は国際(グローバル)的な広がりを持ちプライスレスな価値が創出されるからです\(^o^)/

 

ようやく今春それを貫徹した僕は今、その達成感と喜びに浸っていますが、後世に残す仕事(論文)はまだいくつかあるので、それを完成させまた新たなる達成感が得れるよう、今後もそれをコツコツと努力を続けてゆけたらと思います(^0^;)

 

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