GINZA CUVO

2022年5月アーカイブ

先週末金~土曜日、東京港区にあるホテルオークラホテルで僕も所属する日本美容外科学会が年一回開催する美容外科学会に参加したので、今回はその様子をお伝えしますがそもそも医学会って何の為に存在するのでしょうか??

 

医学会は医師たちが診療・研究成果を発表したり、他の医師たちと議論・意見交換をして医学発展に貢献するのがその目的ですが、実は情報手段が発達した現在、むしろ学会に参加していくつかの演題を聴くよりネット検索で情報収集したほうが遥かに有効です。

 

なので僕に言わせると学会は”ある種のお祭り”みたいなもので、何故なら日頃診療する日々に殆ど顔を合わせない医師たちとはある意味ライバル(競合)関係にありますが、この(学会)のときばかりは休戦協定を結んだように同業医師たちと交流を図る場となるからです(^_^;

 

僕も若い頃(30代後半~40代)は毎年のように、特に中国・韓国、時には米国・ヨーロッパ開催される国際学会には海外旅行(気分転換)も兼ねてしょっちゅう出かけたものですが、ただ学会参加するだけだと”得られる・身になる”ものは限定されていることに気づいたのと、そもそも新型コロナ(パンデミック)により学会自体も数年中止されたので、すっかりご無沙汰していました(>_<)

 

最近、ようやく本パンデミックが収束し学会活動も再開されたこと、そして僕が5年ほど前から診療の合間にコツコツとまとめていた論文が完成し、その論文がようやく米国形成外科会雑誌(ジャーナル)に受理・掲載されたので\(^o^)/、これを契機に今年の日本美容外科学会に久しぶりに参加したのです。

 

美容医療には手術道具、糸・針などの消耗品、そしてスキンケア治療に用いるレーザー機器、そして最近では再生医療(培養幹細胞)システムなど多くの業者さんが関わり、学会場には各自業者がブース展示して、美容医療に関わる医師たちに最新器機のプレゼンを行っているのが真っ先に眼に入ります。

 

そこには10年以上前の古参業者さんたちも顔を出していて、僕が久しぶりに学会に現れたのに気付きとても驚きつつお互い、いまだ元気な姿を確認して喜びあったりしながら僕はそこに居る医師たちを観察して気付いたのが、知らぬ間にこの業界医師たちが一気に若年化したことでした(゜◇゜)ガーン

 

というのもかつて活躍した古参医師たちはすでに高齢化、特に70歳代以降は引退し、今や30~40代前半の医師たちがその大半を占め、50代中半以降の僕世代医師が今や最も古株になってしまい、浦島太郎が玉手箱を空けた途端お爺さんになったのはこんな感じだったのだろうと思うほどでした(O_O)(O_O)

 

そんな中、この業界で過去50年間一貫して強いカリスマ(存在力)性を発揮し続けているのが高須クリニック高須克弥院長で、数年前から重病に冒されているにも関わらず御年77歳になった今年も学会出席し、その取りを飾る興味深い講演を行い拍手喝采を浴びていました(^_^)

 

そんな訳でいまだ医学界ではマイナー、もしくはニッチ(隙間)な美容医療ですから、年一度くらいはこの業界の同業者たちが集い交流を深めるのも悪くないので(^0^;)、また参加して面白いことがあればご報告したいと思います!

先日訪れたニセコ友人の話を続けますが、友人夫妻はなんとオーストラリア・シドニーから二匹の子犬を北海道へ輸入し、その犬たちの千歳空港での受取日にたまたま北海道に滞在していた僕は、そこへ同行させて貰ったのです(^_^)

 

本動画は千歳空港貨物便ターミナルでの様子を撮影しましたが、実はこの犬たちは産みの親犬と一緒にオーストラリアの一流ブリーダーに生後4ヶ月まで育てられた、プードルとゴールデン・レトリバーを掛け合わせたミックスのメス・オスの子供たちです(O_O)

 

なのでその容貌は確かにこの二種類のミックスに間違いありませんが、この犬たちの凄いところは最も賢い犬の1位と2位を争う犬種なので、その子供たちも賢く育てやすいとのことでしたが、確かに僕もこの犬たちと初対面した瞬間、”まあなんと落ち着いて愛想が良いのだろう!”とピンと来ました。

 

今回はこの兄弟子犬たちの可愛い姿を動画撮影しましたが、僕も犬は大好きなので今後ニセコを訪れる度にこの子達の成長をビデオに収めようと思います\(^o^)/

 

 

電動アシスト自転車とはペダルを踏む力や回転力を自転車に設置されたセンサーが認識し、その強さに応じて電気モーターが漕力を助ける1993年にヤマハ発動機が開発した、日本発の画期的な自転車です(^_^)

 

これまで僕は体力に自信があったので、自転車に乗る度に”電動アシストなんて必要ない、自分の体力で充分!”と思っていたのですがそれも一度に5㎞程度走ればの話で、10~20㎞の遠出はさすがに自力走行するのが億劫になり始めました(>_<)

 

そこで思い切ってスクーター(原動機付自転車)にでも乗ろうかと思いましたが、スクーターは車と同様道路交通法を遵守しないと罰金や違反切符を切られることから、自由最優先の僕には不向と思い止めました。

 

そこで思い付いたのが電動アシスト自転車で、上述のようなアシスト機能が付いているものの、その機能は最高24km/hに制限されてる為法律的には一般自転車と同じ扱いとなり、歩道走行も合法なので”乗るならこれだ!”とピンと来ました。

 

ところで、昨年秋に訪れた上海では至る所で中国製の電動スクーターを見かけ、しかも時速30㎞以上出しても時には歩道まで走っているので、”あれでよく事故が起こらないものだ。。”と感心していたら、同行の中国人スタッフが”しょっちゅう事故が起きてますよ。”と言いました(^_^;

 

日本で電動スクーターを乗るには自動二輪車免許が必要で、そうなると道路交通法適用となるし、都心部で道交法適応の電動スクーターを路上駐車でもしようものなら、直ぐに駐車違反切符を切られるので、そういった恐れのない電動アシスト自転車が都内ではとても有用なはずです(^_^)

 

そこで日本で電動アシスト自転車がどの程度普及しているか調べると、最近は自転車・販売総数の90%近くがアシスト付き自転車で、確かに最近都内で走っている自転車を見ていると、”ママチャリ(お母さんたちが乗るタイプの自転車の総称)”からシェア・レンタル自転車までその多くがアシスト付きです(O_O)

 

今回僕が入手したのは米国製・折りたたみ式の電動アシスト自転車で、これだと室内保管できるし、場合によってはその自転車を折りたたんで輪行(自転車を電車等に積み込むこと)で日本各地に出かけることも可能です。

 

早速、クリニックから自宅まで走行しましたがアシスト走行の最高時速は24km/hなので、たとえ何かあっても大怪我の心配は無いし、もっとスピードを出すには自力走行となりそれなりにトレーニングにもなるので、”これは素晴らしい乗り物だ!”と思わず微笑みがこぼれました(^_^)

 

特に登坂走行は大変有り難く、一般自転車だと急な登り坂はペダルを踏む度に息が上がっていたのに、アシスト自転車はペダルを軽く踏んだだけで”グン”と加速するので、まるで背中に翼が付いたような感覚(喜び)が得られます\(^o^)/

 

この自転車であれば平気で30~40㎞走れそうなので、週末の天気が良い日に少し遠出したり、慣れてきたらこれにまたがって鎌倉の友人宅まで走ってみようかな?と思っています☆

GWは忙しかったので、その疲れを癒やしに今回は北海道でのひとときを撮影しましたが、僕のように北海道で生まれ育った人間はこの自然が当然得られると思っていたものの、東京暮らしが20年以上に及ぶと、実はこういった当然だ軽視していた自然こそプライスレスな価値だと最近改めて感じます(^_^;

 

そこで今回、ニセコの森で暮らす友人宅に数日お邪魔しその様子を撮影しましたが、こうやって自然と対峙し心穏やかな時間を持つのことは、都心部ど真ん中で暮らす僕には欠かせない癒しとなります。

 

幸いなことに南北に長い日本は、飛行機で1時間余り都心部から離れるだけで変化に富んだ自然の魅力を満喫出来るし、こうやって人間の力やお金では簡単に得られないものこと真の価値があるのだと最近つくづく感じています(^_^;

 

 

前回まで3度に渡ってバンクーバー島・サバイバル生活の番組を視聴して感動し、その内容について僕なりの分析を述べましたが、普段僕は東京のど真ん中、つまりバンクーバー島の森の中での暮らしとは真逆の環境で生活しているせいか、この番組から得るものが大きいように思えたからです(^_^)

 

さて多忙なゴールデンウィークの仕事後一息つくため、しばらく札幌の実家に帰省しましたが、現在北海道・ニセコで暮らす(海外出身の)友人たちが”たまにはニセコにも顔を出したら?”というので、久しぶりにニセコを訪れました。

 

今回僕がお邪魔したのは、ニセコ町縦断する道路から少し外れた森の中にあ一軒家でしたが、この場所で四方を見渡すと近くに他の家が全くないし、耳を澄すとカラス・ウグイスの鳴く声、森を吹き抜ける風が木々を揺らす音しかしないので、前回ブログ記載したサバイバル生活のほんの一部を彷彿出来る気がしました(^_^;

 

早速友人宅家に入り僕が数日滞在する部屋へ向かうと、普段誰も使用していないからかベッド上、そして部屋の四方にある窓枠には寒さ凌ぎに侵入したと思われる”カメムシ”など昆虫たちが沢山いて”ギョッ”としましたが、”森林での暮らしなんだからしょうがない。。”と割り切りました(>_<)

 

特に”カメムシ”は捕まえようすると臭い液体を放出するので悪名高く、そっとしておいたほうが良さそうだったので、内心僕は”今晩は昆虫たちと寝ることになる。。”と覚悟を決めましたが、この部屋に僕の荷物を持ち込みiPadから音楽を流したりした後、日が暮れたのでブラインドを閉めに部屋へ戻ると、不思議なことに昆虫たちは姿を消していたのです(O_O)

 

そこで僕は気付いたのですが、都会では害虫が出現すると反射的に退治・駆除を考えますが、こういった大自然での生活は、人も昆虫もお互い干渉し合わなければ必ずしも害虫とは言えないし、ニセコのカメムシたちのように僕が部屋を使い始めた途端それを察して出て行ってくれたのであれば、昆虫たちは都会にどっぷりと漬かった僕のような人間たちが考えるより遥かに賢いのかもしれません。

 

さて本パンデミックから3年目を迎えたニセコの現状についてお伝えすると、所謂”インバウンド(海外からのお客さんたち)”は残念ながら今年も戻って来ておらず、と言うのも”インバウンド”=中国大陸・香港・シンガポールの中国人たちですが、これらの国々が依然扉を閉ざしたままだからです。。

 

パンデミック到来前は”ニセコ・バブル”と呼ばれるように、この中国人”インバウンド需要”がニセコ土地価格を異常なほど高騰させましたが、現在は地価高騰バブルもはじけてしまったようで、ニセコ市街を車で走ると至る所に”For Sale”(土地・家屋売り出し中)の看板が出ていました。。

 

一方、この消えたインバウンド需要を日本人たちが埋め始め、つまり、我々が北海道(ニセコ)の価値を再認識し始めたようで、本来あるべき姿に戻ったとも言えるのでしょうし2030年には北海道新幹線が函館~札幌間に開通しニセコ近くの倶知安駅にも新幹線が止まるし、その時期に合わせて札幌にて再び冬季オリンピック開催の可能性が高くなってきたので、それを楽しみに今後この地域の様子を追いかけてゆこうと思います\(^o^)/

 

前回に引き続きサバイバル番組の3回目ですが、初回でこの番組の大まかな紹介をした後2回目は実際のサバイバル生活についてや早期リタイアとなった挑戦者の特徴等を述べたので、今回は最後まで残った挑戦者たちの特徴を中心に述べたいと思います(^_^)

 

本挑戦者たちは多分、多くの候補者たちの中からそれなりに選りすぐられた10名と思われ、サバイバル生活に真っ先に必要なライフライン(飲み水・火・居住場所)の確保は難なく終えたものの、次に必要となる食料確保で彼女・彼らの真価が問われることになります(O_O)

 

銃など狩猟道具のない挑戦者たちに陸地で獲られる食料が殆どなく、この地で暮らしていた先住民族・インディアン(パユート族)が考案した石・小枝で作ったワナで獲る小さなネズミ、そして食用キノコ・オオバコ程度が陸から得られるだけで、これだけではとても生存に必要なカロリー・栄養が足りません。

 

なので、彼女・彼らが極寒バンクーバー島の秋冬を耐え忍ぶには、海から充分な食料が獲られるかが鍵となり、つまり網や自家製の釣り竿でいかに魚を獲得出来るかが、勝敗の行方が決まると言っても過言ではありませんでした。

 

幸運にも秋鮭が遡上する川辺に振り分けられた女性挑戦者は、そこに網を仕掛けると毎日のように大鮭が獲れ、当初彼女はニコニコしながらこの挑戦を楽しんでいたし、一方、運悪く魚が捕れない場所に振り分けられた男性挑戦者は最初から苦戦し、彼の体重はみるみる落ちていくのが手に取るように分かりました。。

 

魚が捕れないこの男性挑戦者はひたすら貝類を捕食するしかなく、それで慢性的カロリー不足・空腹に悩まされ、興味深いことにそうなると人はメンタル的に疲弊したり思考力が鈍化し、物事を悲観的に考えたり時には妄想にすら囚われるようです(゜◇゜)ガーン

 

つまり必要最低限の食料確保と、たとえ空腹感に襲われた際のメンタル的安定がこの挑戦成功の鍵となりますが、もう一つ重要なのが日々いかにして暮らすかで、やることがないと孤独に苛まれたり、家族・友人たちが恋しくて堪らなくなりギブアップする挑戦者たちが後を絶ちませんでした。。

 

彼女・彼らは食料確保(魚釣りや仕掛けの準備)と、暖を取る為の薪割りなどで大半の時間を費やしていましたが、器用な挑戦者はカヌーを作って漁に出かけたり、住み家に椅子・机など見事な木製調度品を作りながら退屈せずに日々を過ごしていました。

 

ですがサバイバル生活が一ヶ月以上経過すると、日々マンネリ化した生活に孤独・虚無感に苛まれてリタイア者が続出し、シーズン1,2ともに2ヶ月近く継続したのはたった2人で、冬が近づくと雨が多くなり時には舞い落ちる雪がこの挑戦を一層困難にし、さほど長くこの挑戦が続かないことは僕のようなサバイバル素人の視聴者でもすぐに気付きます(^_^;

 

ところで当初毎日のように鮭が捕れて余裕綽綽だった女性挑戦者は、鮭の遡上時期の終了とともに食料確保が困難となった途端リタイアし、これを観ると最初から食料に恵まれると逆にそれが獲られなくなった時に何も出来ない、つまり人生も同様に若い頃か何ら苦労せずにお金・物に恵まると自立しにくく、後年苦労・辛い思いをするのと一緒です(>_<)

 

一方、地の利に恵まれず慢性的食料難に陥った挑戦者は、少ない食料でも生き残れる体力と精神力を獲得し最後の最後まで残れたのも、人生はむしろある程度”モノ”に恵まれていないほうが強く逞しくなれるのでしょう(^_^)

 

そして他人(家族・恋人等)にメンタル依存していた挑戦者は途中リタイアするのが多かったように、完全孤独でも決して動じない強いメンタリティを保持していること、そして精神的に追い込まれた際に、むしろそれを笑い飛ばせる楽観的(マゾ的??笑)性格の人でした。

 

シーズン1,2ともにこのような性格的特性を持つ挑戦者たち数人残り、最後は一騎打ちとなりましたが、2人とも甲乙つけがたい強いメンタリティーの持ち主で勝敗の行方は最後の最後まで分かりませんでしたが、勝利の女神が微笑んだのはわずかな差ですが”地の利”に恵まれていたこと、つまり、運の良い挑戦者だったことが印象的でした(^_^;

前回ブログでは僕が最近”ハマっ”たサバイバル番組”アローン”について、我々が大自然の中に放り出せれると真っ先に必要なのは、雨風をしのぎ、クマやクーガー(大型の山猫)などの天敵から身を守るシェルター(居住空間)造り・飲み水・火の確保で、食べ物の心配は二の次と伝えましたが、今回はさらにその内容を掘り下げようと思います。

 

ボートでバンクーバー島のそれぞれの場所に振り分けられた10人の挑戦者たちは、普段の生活から解き放たれた開放感で意気揚々とし、最初から与えられたテント布と木々を用いてシェルターを作りますが、くじ引きで地形の悪い場所に振り分けられた挑戦者は、シェルターすら設置できず場所選びで最初から苦労しなけれなりません。。

 

南向きで平らな土地に落ち着いた人は日当たりが良くて暖かいし、シェルター設置にもなんら苦労なく出来たのでこの挑戦が最初から上手くと楽観的でしたが、急な崖下に配置された人は日当たりは悪いし体を休める平らな場所も見当たらず、挑戦開始と同時に苦労を強いられました(>_<)

 

なのでこの挑戦は、くじ引きの振り分け場所の良し悪し次第で勝敗が決まる??と思ったのですが、それは全く同一条件の場所で挑戦するのではなく、各挑戦者が振り分けられた場所は僕に言わせると天と地ほど差があったからです(゜◇゜)ガーン

 

たとえば川のほとりの穏やかな場所をくじ引きで引いた女性挑戦者は、ちょくちょく川の対岸にクロクマが出没するもののそれは食べ物がある証拠で、その川には秋のこの時期鮭が遡上するので、それを食べにクマがやって来るのです。

 

なので彼女はその川に、挑戦者たちに予め与えられた刺し網(魚のエラを引っかける特殊な編み)を仕掛けた結果、毎日鮭が得られ他挑戦者が遭遇する食糧不足が最初から回避され、余裕で勝ち残るだろうと僕は予想しました(^_^)

 

一方、急峻な崖下に振り分けられた40代中半の男性挑戦者は不平不満ばかりつぶやき、時にはやり場のない憤りを汚い言葉で叫んでいたので、彼は直ぐにリタイアするだろうと思いましたが、興味深いことに必ずしも恵まれた場所を得た挑戦者が勝ち残る訳ではないことでした(O_O)

 

この番組はかなり面白く既にシーズン1,2を視聴しましたが、毎回10人がこのサバイバル生活に挑戦し、最初の数日で2~3名が早々にリタイア、その後7~8名は1ヶ月以上継続するものの、それ以降またバタバタとリタイア者が出現し、挑戦から2ヶ月近く経過した最後は両シーズンともたった2人の壮絶なサバイバル・バトルとなったからです。

 

ここで早期落後者の特徴を示すと、まずは天敵動物(クマ、クーガー、オオカミ)たちにただならぬ恐怖感を抱き、夜間テントにクマが近寄ってきた時点で緊急救助を要請するほどで、そのリタイア者曰く「5000万円の賞金も命を失う価値はないからギブアップ」と早々に去って行きました。。

 

早期リタイアを強いらた次の特徴は不注意な人たちで、例えばライフライン(生命維持)に最も重要な火を起こすた”火打ち石”を誤って紛失した人は即座にリタイアせざるを得なかったし、”火”を燃やす燃料の薪割りも斧で行いますが、その薪割り最中に手を深く損傷した人も直ぐにリタイアとなり、ほどなく救助船が彼女をバンクーバーの救急病院へ運びました(O_O)

 

さて次回は1ヶ月以上頑張ったのに中途リタイアした人たちの話と、最後まで勝ち残った人と他の挑戦者のとの違い・特徴、そして僕がこの番組を観てから感じた我々の生きる意味・人生の価値についても述べたいと思います。

今回は僕のクリニックで大変症例の多い下瞼治療について、前回に引き続き語らせて頂きましたが、正直この治療は長年僕が手塩にかけて開発、もしくは育ててきた技術なので、簡単には語りきれない濃い中身となっています(O_O)

それは本動画(下まぶた治療におけるテイストとは?その2)でも語ったように、所謂”企業秘密”的技術なので、その全てを開示する訳にはゆきませんが、開業医としてとっくに折り返し地点を越えた今の僕にしてみれば、多少その種明かしをしても良い頃なので、今回さらに語らせて頂きました(^_^;

 

そもそも本ブログ(動画)は僕が何を考えて日々診療しているかを、僕の治療に関心を示して頂いているお客様たちに予め知って頂くために発信していますが、本動画ように治療内容自体を語るのもお客様たちには多少参考になるはずなので、また機会があればこういった話もしてゆこうと思います(^_^)

 

 

 

 

さて今回のテーマはすでに皆様はご存知かもしれませんが、ケーブルテレビ・ヒストリーチャンネルで大人気ドキュメンタリー、”アローン・孤独のサバイバー”を紹介したいと思いますが、何故なら僕はこのドキュメンタリーを鑑賞し,人生に何が大切なのか気付かされることが多く大変有益だと思ったからです(^_^)

僕が観たのは2015年に放映されたシリーズ1,2ですが、このシリーズは高視聴率を稼いでいるようで2020年までにシリーズ7まで進行し今後も継続するようですが、ここでこのドキュメンタリー内容を簡単に説明します。

 

シリーズ1,2はカナダ西部・バンクーバー島の北端で10人の挑戦者がそれぞれ孤独(Alone)に耐えながらサバイバル生活を行い、初冬には平均気温が2.5℃、そして年間250日以上雨が降り続ける過酷なこの島で最後まで耐えぬいた勝者が賞金50,000万ドル(6,500万円)を獲得する挑戦を撮影したドキュメンタリーです。

 

ビデオ撮影はその挑戦者の居場所に定点設置されたカメラと、本人が自撮りしたもの組み合わせていますが、この番組が少なくともヤラセではない証拠は、孤独生活を最長2ヶ月程度経過する優勝を争うの挑戦者たちがみるみる痩せてゆき、最後まで残った勝者は15~20㎏体重が落ちていたことです(O_O)

 

勿論何か緊急事態が起これば、各自に与えられた衛星電話でリタイア・ボタンを押すと、短時間でレスキュー隊が船やヘリコプターで挑戦者を回収するシステムになので、参加者が命を落とすような最悪の事態は回避されますが、それ以外誰からの助けもなく完全孤独での生活を強いられます。。

 

挑戦者たちが挑むバンクーバー島の秋冬は、寒さ・強風・雨あられ・雪などの過酷な気候のみならず、人間にとって天敵であるクマ・オオカミ・クーガー(ピューマとも呼ばれる大型の野生ネコでオスは80㎏にもなる)が多数生息し、クマ・クーガーに襲われて命を落とす人々も希にいるようです(゜◇゜)ガーン

 

挑戦者たちには、火打ち石・防水テント布・ナイフ・斧など生存に最低限欠かせない10品目が与えられますが、それ以外食べ物を含めて必要物資はすべて自然の中から自分で調達しなければなりません。。

 

この番組冒頭で”決して素人は真似しないでください!”との警告が流れ、実際この挑戦に挑む10名のサバイバーたちはプロ冒険家や、特殊部隊所属経験のある軍人、普段からアラスカの大自然で暮らすような強者たちなので、一体誰が勝ち残るかワクワクしながら視聴出来るのがこの番組の人気の秘訣でしょう(^_^)

 

サバイバーたちはくじ引きで割り当てられたバンクーバー島北端の、それぞれ約10㎞ずつ離れた10箇所の場所へ1人1人配置され直ぐに孤独生活を開始しますが、皆真っ先に行うのが飲料水・居・寝場所の確保、特にバンクーバー島は日々雨が降るので、テント布を用いたシェルター設置、そして暖を取る火起こしで食べ物確保はその次となります。

 

何故なら人間は脱水になると3日しか持ちませんが、食べ物がなくても3週間程度生きられるので食糧確保の優先順位は下がり、むしろ水確保を最優先としてクマ・クーガーなどの天敵から身を守るためシェルター、そして火の確保が初期段階では遥かに重要です。

 

当然この番組参加の10人の強者たち全員が、水・シェルター・火の確保は難なく整えましたが、勝敗の行方はその後の食べ物確保と孤独下でのメンタル維持にかかっていたので、次回はその状況をお伝えしようと思います。

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