GINZA CUVO

2015年9月アーカイブ

4年生大学院生活の3年間、僕は米国で留学生活を過ごし、帰国してからも当時の留学経験の影響力が強く、常日頃から日本と米国の違いを意識しながら過ごすようになった。幸運なことに僕はこの留学経験を通じて、研究室で海外から研究に来ていた同僚たちと英語で論議を交わす程度の英会話能力を習得した。この英語力は、日本に戻って来ても維持するよう努力をしてきたつもりだ。

 

そして15年前に上京して以来、美容医療を目指し現在に至るが、この間香港をはじめとする多くの英語圏のアジア人、そして”エックスパッドと呼ばれる英語圏のビジネスマンたちと交流してきた。その結果、東京がれっきとした国際都市であること、その風潮は年々強くなっていることを実感している。

 

ビジネス分野で英語活用の重要性にいち早く気づいた楽天・ユニクロなど日本の誇る大企業は、すでに日本語の代わりに英語を社内共通言語とし、ビジネス・マーケティングの範囲を国内のみならず、国外へと広げ始めている。だが僕を含め、戦後生まれの中高年層は学生時代、英会話自体を学ぶことは希で、高校・大学受験のための英文法・や英文読解ばかり勉強してきた。

 

つまり英語文字教育の影響が強く、英会話に接する機会がなかったので、米国で共に研究生活に勤しんだ先輩日本人医師たちも、難解な英語論文をすらすらと読んだり、米国人に引けを取らないハイレベルな論文を執筆していたにも関わらず、いざ英会話となるとほとんど話せないという矛盾が生じていた。

 

だが驚いたことに、今を生きる平成生まれの若者たちは学生時代から英会話に慣れ親しんでいるのか、戦後生まれの昭和世代よりも、明らかに英会話能力が高くなっているのに気づかされる。その証拠として、しょっちゅう日本を訪れる香港の知人たちは、以前はショッピングの歳、ほとんど英語は通じなかったのに、最近は若いショップ店員さんたちが、英語圏のお客様とのやりとりに困らない英語能力を習得しているので、随分買い物がしやすくなったと口を揃えて言うくらいだ。

 

実際僕も、香港の友人たちと銀座や表参道でのショッピングに付き合い、日本語が分からないふりをしながらショップ店員の様子を見ていると、20代前半の彼女・彼らたちが僕の若い頃よりも断然流暢な英語を話しながら仕事をする姿を垣間見ながら、頼もしいと思うと同時に時代の変遷を感じている。

 

このように東京はすでに国際都市として位置づけられており、いかなるビジネス分野でも第一線で活躍するのであれば、英語でのコミュニケーション能力は必要不可欠である。もっと言うと、さらに上を目指すのであれば、日本語と英語を使うバイリンガルにとどまらず、さらにもう一言語を理解するトリ・リンガルを目指すべきであろう。3カ国語を流暢に操れるとすれば、それは特化された高い能力とされ、競争の激しいビジネス分野でも勝ち残ってゆけるだろう。

 

美容医療で仕事をする僕の場合も、英語を用いたコミュニケーションは必要不可欠となる。医師と患者間で使う言語が異なる場合、通訳を介してコミュニケーションを図ることになる。だが医療の場合、その内容が専門的過ぎること、医療行為自体がプライバシーにかかわる大変デリケートなものであるため、その詳細や本心を通訳を介して説明したり、理解するの大変困難なためである。

 

美容医療を求める多くの英語圏の患者さんたちが、担当医師と直接英語でカウンセリングを行うことで安心・信頼感が得られ、その結果治療に踏み切る決意が出来たとおっしゃっている。つまり海外の患者さんたちも日本人と同様、医師-患者間に確実な信頼関係が構築されてこそ、治療への理解とその結果に対するより高い満足度が得られる。よって英語圏の患者さんには担当医師が直接英語でコミュニケーションを図ることが極めて肝心である。

 

東京で暮らすことは、家賃が高かったり人が多くストレスが溜まりやすいなど、必ずしも良いことばかりではない。だがこの場所は自己向上への刺激に溢れた場所であり、将来を力強く生き抜くのに必要な国際能力・感性を獲得するには格好の街でもある。僕自身も将来の日本を背負う、平成生まれの若者たちとともに、出来るだけ長く第一線で活躍出来るよう、高いモチベーションを維持しながら生きてゆきたいと思う。

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