GINZA CUVO

2014年8月アーカイブ

今年7月、長崎県佐世保市で社会を震撼させた女子高生による猟奇的殺人事件が発生した。この手の事件は時折起こるが、今回は恨みもない同級生の後頭部を金槌で殴り、その後首を絞めて死に至らしめた。その後被害者の死体の頭、手首、腹部を解体したらしく、その猟奇性から本件は前代未聞の事件として歴史に残るであろう。



この事件では何故16歳の少女がこのような凄惨な事件を起こしたか、その動機の解明が真っ先に必要となるだろう。その解明にあたって、勿論少女の精神鑑定が必要だが、この少女は質問の受け答えも正常で、いわゆる精神統合失調症による妄想や幻覚、もしくは薬物中毒による錯乱等が原因で凶行に及んだわけではないらしい。



この少女がどういった家庭環境で育ったのか推測の域を出ないが、父親は弁護士で妻とは離婚、この少女が凶行に及んでいる頃、交際中の年の離れた女性と一緒に食事中だったとのこと。多感な少女にとって父親周囲の人間関係は、やや複雑だったのかもしれない。僕はたまたまインターネットでこの少女の顔写真を見たが、その顔は何処にでもいる普通の可愛らしい16歳の少女で、こんな残虐行為を行う人間にはとても見えなかった。



ではこの犯罪の動機や原因は一体何だったのだろう?そもそも我々には太古から引き継いだ原始的側面、すなわち残虐性を備えている。その残虐性を猿を例に挙げて説明すると、繁殖のために雌猿を探す雄猿は、もし相手の雌猿に別の雄猿の子供がいれば真っ先にその子供を殺す。そして別の雄猿の子供が抹殺されてから、その雌と悠然と繁殖活動を始める。



つまり我々の遺伝子の奥底には、このような残虐行為をいとわない本性が眠っているのだ。そういった残虐な本性を、"理性"と呼ばれる人間のみが有する高次精神機能によってうまく封じ込めるのが人間のあるすべき姿である。ところが、16歳程度の若者の場合、家庭環境や社会に対して極度の不満がある場合、抑圧された感情が爆発し、本件の如く想像を絶する行為に至ることがある。



この少女は以前から小動物を殺したり父親をバッドて殴ったりと、今回の凶行に繋がる危険なサインを発していた。ところが父親とその周囲は、驚いたことにそれを戒めるどころか黙認、放置した。この少女に対する父親とその周囲の対応は彼女の無視そのもので、それを彼女は愛の喪失と感じたに違いない。



父親とその周囲は、悪行を行う彼女を反省させたり再教育したりと正面から向き合うことをせず、まるでどう猛な野獣を扱うかの如く一人暮らしという形で社会から隔離してしまったのだ。そしてついにこの少女は放置された疎外感から不満が鬱積し、今回の凶行へとエスカレートしたのだろう。もちろんこの少女自体の性格にも問題があったことは否めないが、今回の事件はサインを出していたにもかかわらず、それを黙認した社会や家庭の態度がその主たる原因だと判断せざるを得ない。



我々は将来を担う若者たちを決して放置・放任してはいけない。彼女・彼らは才能と潜在的エネルギーに満ちあふれているが、その扱い方を間違えると今回の如く想像を絶するようなネガティブ・トラブルをもたらす危険性をも持ち合わせている。より良い社会を形成するにあたって、我々大人たちは思慮深い責任と愛情を持って若者たちと向き合うことが何よりも重要だと今回事件を通して思い知らされた。

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