GINZA CUVO

御礼奉公

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先日、取引先の社長さんと雑談をしていたら、”御礼奉公”という言葉が彼の口から出た。僕はそれがどういう意味かわからずにいたら、それは「奉公人が、決められた期間の奉公が済んでも、恩返しとして主家や雇い主のもとに、ある期間とどまって働くこと」と教えて頂いた。

その時、僕はふと研修医時代にお世話になった病院のことを思い出した。医学部卒業後、大学院へ進学した僕は、臨床研修が同級生たちより4年ほど遅れた。その遅れを取り返すために、僕は北海道にある地方機関病院で、救急医療、外科手術、麻酔研修をまるで丁稚奉公の如く、病院に住み込みながら昼夜を問わず働いた。

その甲斐あって、僕は3年間でその病院からほぼすべてのことを学び、後れを取った同級生たちに追いついた。そして3年目の研修医終了時、翌年の進退について僕は迷った。 何故なら、当時の僕は臨床整形外科医として少しでも実力を延ばしたいと思い、この病院で学ぶことがなくなった途端、さらにスキルアップできる施設に転職出来ることを強く望んでいたからだ。

だが当時の僕は、その病院の主な整形外科手術を任される立場にあり、院長から翌年も病院にいるよう頼まれ、渋渋その要請に応じた。今振り返ると、その一年が僕のその病院に対する”御礼奉公”だったのだと確信したし、それが出来て良かったと思っている。

我々は決して自分一人の力で生きているのではなく、お互い支え合いながら生きている。僕が研修したその3年間はその病院院長をはじめ職員、そして患者さんたちから、医師として生きるたくさんのことを教えて頂いた。もし僕があの時”御礼奉公”せずに転職していたら、それは自己中心的な行為であって、どこかでしっぺ返しが来たに違いない。

戦後65年間、我々は拝金主義、物質中心主義、核家族化などの悪影響で、先人が大切にしていた思いやりや感謝の気持ちをすっかり忘れてしまった。その証拠として、上記に述べた”御礼奉公”の意味さえ、現代人の多くは知らない。

我々が本当の意味での心動かされるのは、お金など、物質には変えられない思いやりや感謝の気持ちだったはずだ。これからは僕も、今の自分があるのは周囲の人たちの助けがあったことを再認識し、そのことに対する感謝を忘れない人間でいたいと思う。

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