GINZA CUVO

震災から一年が経過した現在

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昨年3月11日の午後、いつものように手術をしていると、突然揺れが手術室を襲った。すぐに地震だと悟り、レーザーメスを置き、揺れが収束するのを待った。だがその揺れは小さくなるどころか、次第に大きくなり、手術室の酸素ボンベなどが倒れるほどだった。

ビルの警報が鳴り響き、このビルで働く人々も外に避難し始めた。僕とこの手術を介助するクリニックスタッフも次第に不安を感じ始めたが、たとえビルが倒壊しても患者さんを置き去りにして逃げ出すことは出来ないと判断し、この地震が収束することを祈りながら待っていたことが記憶に新しい。

この地震は東北地方の太平洋沖で発生したことから、東日本大震災と呼ばれているのは周知の事実だが、被害の少なかった東京でも交通手段が麻痺し、パニック状態に陥った。当時日本にいた諸外国人たちは、その後に発生した福島原発放射能汚染問題で国外待避した。

震災前はネオンに輝いていた銀座の街や地下街も、震災直後からしばらくの間、節電の影響ですっかり暗くなり、この国を襲った震災がただらぬもであったことを実感させた。東北方面には時計やレンズなどの精密機械工場がたくさんあり、こういった工場が被害を受け、デジタルカメラなどは供給不足に陥り、欲しくても手に入らない状態がしばらく続いた。

だが震災後1年近く時間が経過すると、こういった経済的ダメージは次第に解消され、むしろ東北地方では震災後の復興景気で社会が活性化しているらしい。テレビや新聞などのマスコミで扱われる震災関連のニュースも次第に減少し、現時点では福島原発問題もほぼ収束したように我々は感じ始めている。

だがメルトダウン(炉心融解)を起こした原子炉からは依然高濃度の放射能漏れが発生しており、残念ながらチェルノブィリの時と同様、放射能漏れは今後数十年にわたって継続する可能性が非常に高い。

”のど元を過ぎれば熱さは忘れる”ということわざにあるように、我々は1年も経過すると、過去に起きた悲惨な出来事もあっという間に忘れてしまう生き物なのだ。だが放射能汚染の悪影響は、むしろこれから表出してくる可能性の方が高い。

二度とこのような事故が起こさないためには、原発のようにリスクの高いものを簡単に容認するのではなく、先ず始めに安全性を確かめてから、慎重な姿勢で受け入れるような意識を我々一人一人が保つべきであろう。

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