GINZA CUVO

2011年4月アーカイブ

新人教育-1

| コメント(0) | トラックバック(0)

staff2前代未聞の大震災からすでに1ヶ月、我が国が大きな傷手を被り、誰しもが少なからずそのショックに苛まれている最中であろう。だが我々はそんな険しい前途に立ち向かって前進してゆく覚悟を決めなければならない。今春、我がクリニックにも若いスタッフたちが入社し、僕の行う診察、手術、彼女たちが行うエステ手技を身につけようと懸命になっている。

新世代の教育はそれなりに骨の折れる作業でもある。宝石は磨かなければ輝きのないただの原石であるように、愚鈍なままであり続ける場合もあれば、愚鈍に見えても教育や躾けにより魅力溢れる人間に成長する場合もある。それは僕自身の過去を振り返っても同様だった。

僕が彼女たちの年の頃、それは医学部低学年だったが、当時の僕は将来の展望もなく、ただ毎日をおもしろおかしく生きていた。その頃僕たちを担当していた厳格な教授は僕を見て、"君は人間というよりまだ猿のレベルだ。しっかり勉強して早く一人前になりなさい"と説教されたものだ。

すでにクリニックで勤務経験のある人材を採用すれば、教育にかかる手間が省け、即戦力となるだろう。だが今回僕は敢えて経験者ではなく、原石のように何にも染まらない新人を採用した。それは我がクリニックも七年目を迎え成熟した今こそ、世間への貢献や恩返しとして若い世代を育ててみたいと思ったからだ。

学歴社会は終焉しつつあるが、いまだに一般社会は高学歴偏重らしく、就職をしたくても学歴がないため、面接のたびにことごとく不合格となる厳しい現実が存在するらしい。今回の新人採用では大がかりなリクルート活動はせず、従来から存在するいわゆる"職業安定所(ハローワーク)"をつてにし、やる気のある人材を優先的に選択した。彼女たちが育ったのはいわゆる"ゆとり教育世代"の始まりで、が育った詰め込み教育を受けた我々昭和世代とは明らかに異なり、何事にものんびりとしている。

新世代の彼女たちの性格は温厚だが、仕事のオン・オフの区別が出来ず、目を離すとだらだらと、いわゆる"ながら仕事"をしかねない。個人差も千差万別で、ある新人の動作は機敏だが落ち着きに欠けるが、別の新人は動作は緩慢だが落ち着きがあり、緊張感漂う手術助手として適正が高い場合もある。

要領のいいスタッフだと一度教えただけでわかるのに、2,3度教えてもまだ学ぶことが出来ず呆れてしまう場合もある。しかしそういった場合でも、根気よく繰り返し教育することで時間はかかるものの最終的には要領の良いスタッフのレベルまで到達することも、過去の経験から学んだ。

ことのほか手術に関しては甘えは許されず、新人たちは容赦なく厳しく躾けなければいけない。何故なら、常に最高の結果を出し続ける宿命にある手術で、仕事に甘えのある助手は迷惑となるばかりで役に立たないからだ。

実際、僕の手術の助手をひたすら繰り返しながら手厳しい指導をうけているうちに、それまでとは打って変わって集中力ある有能な人間に変身した姿を僕は何度も目の当たりにしている。彼女たちがいかに才能を開花させるかは僕の采配如何に関わっている。彼女たちが明るい日本の将来に貢献出来るよう、責任を持って教育したい。


銀座CUVOクリニックオフィシャルサイト

大震災の爪痕

| コメント(0) | トラックバック(0)

IMG_0069未曾有の大震災から3週間が経過した。余震は継続しているが、地震はほぼ収束に向かっており、一安心と言っていいだろう。だがその後、原発事故による放射能漏れ、物資不足、交通遮断など、この震災に関連した多くの問題が勃発し、我々の生活を脅かしている。銀座の街並みからはネオンが消え、地下鉄ホームも省エネのためかなり暗くしているせいか、発展途上国の夜のような印象すら受ける。

コンビニやスーパーでは、食料品やミネラルウオーターの品切れが続いている。この事実は我々の生活が各地域と連携していて、その歯車の一つが外れると大きな支障を来す現代社会のもろさを証明する結果となった。今回の地震規模は想定外ではあったが、地震そのものよりも2次的に発生した津波や原発事故が世界を震撼させている。

物事には”因果関係”があり、何か(結果)が起きたとき、その結果には原因が必ずあるとされる。今回の震災(結果)の原因は何だったのか?それは豊かになりすぎたことによる現代社会の危険性を、誰しもが認識せざるを得ない限界まで達したからだと僕は思っている。

現時点での一番の懸念事項は、福島原発放射能漏れによる我々への健康被害である。 日本沿岸には20施設近くの原子力発電所があるが、2030年までに新たに20基ほどの原発を設置する予定があるという。少子高齢化で著しく人口減少している我が国で、これほどまで危険な原発を増設する必要が本当にあるのだろうか。

慣れるまでにしばらく時間は必要だったものの、銀座のネオン消灯や地下鉄の節電による暗さへも違和感はなくなった。夏の冷房等による消費電力増加も市街の緑化や職場での服装、勤務時間帯の調整など、我々の意識がほんの少し変わるだけで大幅に節約できるはずだ。今回の震災で犠牲となった多くの人々の悲劇を繰り返さないよう、残された我々がもう少し国の政策等に関心を持って、安全な暮らしを確約するインフラを選択すべき時が来ている。

カテゴリ

月別 アーカイブ

ウェブページ