GINZA CUVO

2008年9月アーカイブ

閉じこめ(ロックト・イン)症候群 この映画は今年のカンヌ映画祭でいくつかのグランプリを得た。内容はとても深刻な実話だった。42歳、働き盛りのフランス男性、子供は3人いるが、妻と離婚し、仕事中心の独身生活をしている。雑誌編集社で働く彼は、仕事面では成功していた。ある日、離婚した妻の元に暮らす子供たちに会いに行く。新車のオープンカーで息子をドライブに誘い、その最中、突如脳卒中が彼を襲った。彼の症状は脳卒中の中でも極めて重症だった。一命を取り留めたが、頭から下の体機能をすべて失った。これは脳卒中症状でも極めて珍しいが、実際に起こりうる。動かなくなった体の中に、生命維持機能(心肺機能)、視覚や意識などの高次脳機能が残された状態を、”閉じこめ(ロックト・イン)症候群”と呼ぶ。 彼に残された唯一の意思表示手段は、瞬きのみである。彼は瞬きにより、言語療法士の発音するアルファベットの中から言葉を拾って、意思表示する。自分が陥った状況を把握した彼は”死にたい。”と看護師に訴える。だが、体を動かすことが出来ない状態では、たとえ自ら命を絶とうとしても、それすら不可能であった。このように、”閉じこめ(ロックト・イン)症候群”は極めて過酷な状況である。 この映画は主人公が40代、働き盛りの真っ最中と、僕と境遇が似ているだけに、 僕自身にこのような事態が起こったことを想像させた。 大切なのは前向きに生きること 人は命に関わる不測の事態に陥ったとき、次のような感情過程を誰しもが経験すると、スイス人精神科医キューブラ・ロスは説いている。 1.現状の否認 2.怒り 3.神に対しての取引き 4.抑鬱 5.受容 映画の題名、”潜水服は蝶の夢を見る”の意味は何だろう?と思わせる。彼はまるで、海に深く沈んだ潜水服の中に閉じこめられている状況だった。そして、いつの日にか、蝶になって、潜水服の中から飛び立つ夢(希望)を持ち続けていた。 彼は上記キューブラ・ロスの感情過程を通して、現状を受け入れた。そして、少しでも前向きに生きようと、一冊の本を書いた。 本を書き終わってから間もなく、彼は呼吸器感染症によって、静かにこの世を去った。この時、彼の夢は叶い、彼は蝶になり、飛び立ったのだ。映画の内容自体は極めて深刻だったが、僕はこの映画を見終わった後、次のように感じた。人はどのような状況に陥っても、決してあきらめてはいけないのだと。そして、最後まで(生命の続く限り)、前向きに生きる(希望を持って生きる)ことが何よりも大切なのだと。 備考:脳卒中の予防はどうすればよいのか? 1. 禁煙 する。 2. 野菜、果物、赤ワインなど、抗酸化作用のある食べ物を多く摂取する。 3. 睡眠を十分に取り、ストレスを軽減させる。 4. 肥満やメタボリック症候群を予防する(定期的に運動する)。 5. 生活習慣病(高血圧、糖尿病)にならない。
偶然見たNHKの深夜ドキュメンタリー 先日から東京の天候はすぐれない日々が多く、雨や雷が鳴りやまない。週の真ん中、僕は疲れを癒やそうと早めに布団に入った。しばらく寝ていると、けたたましい雷の音で目が覚めた。時刻は真夜中だったが、その後なかなか寝付くことが出来ない。しょうがなく、しばらくテレビでも見ようとチャンネルをひねると、NHK で戦争ドキュメンタリーが放映されていた。この番組は何だろう?僕はしばらく見ているうちに目が釘付けになった。今から64年前の1944年、日本は太平洋戦争の戦いの真っ直中にいた。中国やフィリピンなど、太平洋沿岸諸国を支配していた日本は、この占領地を日本軍から奪回しようとする米軍から激しい攻撃を受けていた。映画”硫黄島での戦い”は、最近クリント・イーストウッド監督が制作して有名になったが、この番組はフィリピン、レイテ島での日米決戦についてだった。 その内容についてざっと説明しよう。当時日本軍は太平洋に艦隊を送り、アジアの占領国を死守しようとしていた。しかし、米軍の圧倒的な戦力に押され、その力は次第に弱体化していった。レイテ島では、なんと8万人の日本軍が犠牲となった。戦場で戦った兵士のほとんどは20代の若者だった。小さな島での2ヶ月間の短期決戦で、両軍併せて10万人近くの人間がこの世を去った。 生き残った兵士たちのインタビューが番組の中心だったが、彼らは現在、80代半ばの高齢者になった。彼らはレイテ島での戦いについて、これまで誰にも語ったことがない。その話は我々同じ人間がそんな凄惨なことが出来るかと思わず目と耳を疑いなくなるほどだった。まさに、地獄とはこのような状況を示すのだと思う。この戦場にいた元兵士の一人が次のように述べた。「上官の命令で仕方がなく殺戮を繰り広げた。それを拒否すると、反逆罪で自分の命が危ない状態ではそうする以外なかった。」と。武器、食料、すべてを失っても日本人兵士たちは大本営から降伏することを許されなかった。 ジャングルの中でカエルやトカゲ、ヤドカリなどを食べて飢えをしのいだものだけが生き残れた。 その後、彼らはどうなっただろう?多くの兵士は体一つで敵陣に飛び込み、ナイフで戦いを挑んだが、ほとんどの兵士が射殺された。レイテ島の隣には米軍がまだ侵攻していないセブ島があった。日本軍が壊滅寸前、大本営はようやく生き残った兵士のセブ島への撤退を許可した。だが、セブ島に渡れたのは戦闘に復帰できる元気のある兵士600名程度で、残りの1万人程度の兵士はレイテ島に残された。 残された兵士たちは赤痢になって衰弱したり、餓死した。生き残るためには仲間の兵士を食べたものもいた。また、何とか生き残った者たちは降伏して捕虜になってはいけないと教育(洗脳)されていてたため、最後まで捕虜になることを拒んだ。そして、彼らの多くが米国軍の支援したフィリピンゲリラに虐殺された。 戦争のない社会を実現するには? このドキュメンタリーを見たとき、”こんな悲惨なことがたった64年前に、我々日本人の身に本当に起きたのだろうか?”と愕然とした。戦争の痛ましい事実は、戦後生まれの我々には隠蔽され続けてきた。ドキュメンタリーの最後には今のレイテ島の風景が写されていたが、ここは緑豊かな楽園である。 だがこの楽園で、まるで地獄のような出来事が過去に起きたことを、僕はこのドキュメンタリーで改めて知らされた。 現代の日本人は戦争のない平和な時代に生きている。人間同士が殺戮しあう戦争、決して起こしていけないと誰もが思う。だが、相変わらず地球のどこかで、戦争は絶え間なく起きている。大国間での資源調達争い、民族間や宗教上の対立など、戦争には大義名分がある。そして戦争を起こしている張本人たちは、戦争の理由を正当化している。だが、やっていることは、目を疑いたくなる悲惨な殺し合い以外の何物でもない。戦争は人が幸せになるために生まれてきた真実を、根底から踏みにじる絶対悪(悪魔のささやき)なのだ。ではどうしたら、戦争のない社会が実現できるのか?それは、我々一人一人が自分の欲望(エゴ)を満たすのに周囲を犠牲にするのではなく、自分自身内に幸せを見いだす努力することだろう。そして、他人も自分と同様に幸せになれるよう、他人を尊重することではなかろうか。 このような我々の意識が、戦争のような絶対悪(”悪魔のささやき”)への最大防御となる。ドキュメンタリー、レイテ島の戦いを見た後、僕は布団に潜り込みながらそう思った。

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