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ハワイー7(お別れパーティー)

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別れの儀式 時間は瞬く間に流れ、帰国の日が近づいた。バンガローの仲間は、友人たちが去るとき、お別れパーティーを開くのが慣例となっていた。いよいよ僕のお別れパーティーの番が来ることになった。パーティーは、夜の海辺でのバーベキューを催した。海に囲まれたハワイは、昼夜を通して気温の変化が少なく、夜になっても生暖かい。日中は日差しが強すぎて、マリン・スポーツでもしない限り、外にいるのはきついが、夜のハワイこそ、外出するのにうってつけの気候となる。満点の星空の下で、たき火を焚きながらバーベキューを食べる。それは、太古から人類が行ってきた営みであり、万人共通の喜びなのだ。 ビールを飲んで酔っぱらったノルゥエー人の友人が、突如立ち上がり、バイキング(北欧の海洋民族)の歌を歌い出した。古くから別れの際に歌われてきたらしいが、ノルゥエー語で歌われた歌詞の内容はさっぱりわからない。僕は“いよいよ帰るのか。”と感傷的な気持ちで、その歌を聴いた。歌が終わった直後、仲間たちの3人が、突如僕を担ぎ上げて、そのまま夜の海に投げ込んだ。これも彼ら流のお別れの儀式らしいが、服ごとずぶ濡れになっても寒くないのは、この地が楽園である証だった。 国際社会で生きるには ハワイに来た当初は不安に苛まれ、日本に引き揚げようとさえ思ったこの旅行も中断しようと思ったハワイほんの少し辛抱するだけで、夢のように楽しい日々に変わった。日本に帰れば、医師として新たな一歩を踏み出さなければならない。先輩医師たちの過酷な日々を見ていたせいか、帰国すれば仕事に追われるハードな毎日が待っているのはわかっていた。だが、当時のハワイでの生活は、そんな将来への不安をかき消すほど、充実した日々だった。海外に一歩踏み出すまで、常に抱き続けていた西洋人へのコンプレックスは、この体験によってすっかり払拭された。結局、人間は肌の色や体格は関係なく、各々が世界で唯一持ち得る個性の魅力が問われのだ。 ハワイ滞在中、僕は団体行動する日本人に時折出合った。僕は常に仲間の外国人たちと一緒にいたから、日本人たちの行動を客観的にみることが出来た。その際、彼らが日本人の仲間内で、ただにやにやしているのはとても奇妙に見えた。日本人は言葉がなくても気持ちが通じ合う、いわゆる”あうんの呼吸”は日本人の美徳である。だが、海外に出た時に、自分の思ったことを表現しないで沈黙していると、”何を考えているか分からない変わった人”と勘違いされることがある。 ハワイ滞在最終日、僕は1人通い慣れた浜にしばらくたたずんだ。この海は僕が1ヶ月半前にここへやってきた時と同様に、強い日差しと風、そして波が絶え間なく打ち寄せている。この大自然の前では間近に迫った僕の将来への不安も取るに足らない。だが、医師として働き始めたら、もうこの地に足を降ろせないと思うと悲しかった。海辺に落ちていた、波に打たれて丸みを帯びた木片にふと目が止まった。何の特徴もないただの木片だったが、僕は青春最後の情熱を注げたこの浜辺の想い出に持ち帰った。

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