GINZA CUVO

2008年5月アーカイブ

アンケート用紙 先日友人の紹介で、ある美容室に行った。この美容室はヘッド・スパ、いわゆる頭部マッサージのようなエステ的要素を取り入れており、最近こういった美容室が増えてきているらしい。ちょっとした街であれば、美容室は“石を投げると当たる”くらい数が多い。他店舗と何か違う要素を打ち出して集客しなければ、競争率が激しく経営するのが大変であると簡単に想像できる。この美容室に入ると、最初にアンケート用紙らしきものが配られた。そこには”どのような髪型が希望するか?”といった具体的な質問から、”施術中に美容師さんと話しをしたいか、それとも話しかけられたくないか?などの意外な質問もあった。僕は、医師としての職業上、対人関係には日頃から気を遣っている。休日の美容室くらい、人に気を遣わないで、”ぼーっ”としていたいと思ったので、”あまり話しかけられたくない”の欄に記しをつけた。 担当の美容師が決まり、カットをすることになった。“どのようにカットしますか?”と聞かれても口で説明するのは意外に難しい。お気に入りのヘアー・スタイル写真を美容師に見せて、同じような髪型にしてもらうのが手っ取り早いが、頭の形や髪質によって、まったくそのヘアー・スタイルのようになるとは限らない。最終的には美容師さんのセンスがことのほか重要となる。カットが始まると、僕は棚の上の雑誌を読み出した。彼女は黙々と髪を切っていたが、多分、僕が”話しかけられたくない”の欄に印をつけたので、何も話しかけてこないのだろう。僕はこちらから美容師さんに「僕の髪、だいぶんすっきりしてきましたね。」と話しかけると、彼女はにこにこしながら「随分、伸びてましたから。」と答えた。さらに彼女は「お客さんは“話しかけられたくない”とアンケートに書いてあったので、話しかけずにいました。」と続けた。僕はやはりと思ったが、「自分は気が変わりやすいのです。やっぱり話しがしたくなりました。」と答えると、彼女はくすくす笑い始めた。 美容師さんの気遣い カットも中盤を迎えたところで、僕は「今回のヘアースタイルはとてもいい感じでいいです。でも、整髪料をつけてボリュームを出すと、僕は頭が大きいから似合わないでしょう。」と言うと、彼女は「お客さんの頭は決して大きくありません。」と言った。だが、僕は医学生時代の生理学実習で脳波を図る際、頭の周径を計ったことがある。僕の頭の周径は60cm近くあり、明らかにLサイズだった。だが、実際に頭が大きいことを知っていても、この美容師さんから“そんなに頭が大きくない。”と言われて、思いの外嬉しかった。 カットが終了すると、ヘッド・スパが始まった。ヘッド・スパは、頭部マッサージが中心で、とても気持ちが良かった。僕は彼女に、「美容師さんの仕事は遅くまで働くから大変でしょう?以前、夜遅くまで表参道で飲んだ帰りに、灯りがこうこうとついている店があるから、何をしているのだろうと思って、覗いてみました。するとそこは美容室で、みんな一生懸命働いていました。」と言った。彼女は「それは、若い美容師さんたちが、自分たちの髪の毛をカットして練習しているのです。」と答えた。そんな何気ない話をしているうちに、僕はいつの間にか、眠りに落ちた。 「お客さん、そろそろ終わる時間です。」と起こされ、最後にドライヤーで整髪されることになった。彼女が僕の頭にドライヤーをかけながら、「お客さんはどのようなお酒を飲みますか?」と聞くので、「どうして僕がお酒を飲むと思ったのですか?僕はお酒臭いですか?」と冗談交じりに聞き返してみた。すると、美容師さんは笑いながら、「お客さんは、先ほど表参道に飲みに行かれると言ってましたから。」この美容師さんが、僕との何気ない会話をきちんと覚えていることに僕は驚かされた。僕はこの美容師さんが真摯に仕事をする態度に好感を持てたので、もう少し彼女について尋ねてみた。彼女は最近まで違う仕事をしていたが、30歳になって手に職をと思い、美容師になったとのこと。全ての行程が終了し、僕のヘアー・スタイルはさわやかな感じとなり、すっかり満足した。僕は“今度もこの美容師さんにお願いしたい。”と素直に思った。 サービス・ビジネスで大切ないくつかのポイント 今回の美容室での経験を通し、僕はサービス・ビジネスにおけるいくつかの重要なポイントを再確認することが出来た。そのポイントは次のようになる。 1. 技術力(僕はこのヘアー・スタイルが気に入った。) 2. 優しさ(大きい僕の頭を小さいと言ってくれた。) 3. 思いやり(何気ない僕の会話をきちんと聞いていた。) 4. 親切と丁寧(マッサージも手抜きをせず、念入りに行ってくれた。) 美容師さんや我々医師たちなど、サービに徹する仕事をする業界では顧客に“また通いたくなる”と思ってくれるリピーターをいかに獲得できるかが、成功の鍵を握る。繰り返しになるが、我々提供する側にしっかりとした技術力があるのは当然として、サービスを行う側の人柄や誠意も同様に大切なのだ。今回僕を担当してくれた美容師さんは、最近獲得した美容師の仕事を成功させるため、一生懸命努力しているのだろう。そんな彼女の誠意ある仕事ぶりを観察して、僕自身サービスビジネスに従事する者として、見習う点も少なくなかった。
風光明媚な街、釜山 先日、連休を利用して韓国、釜山を訪れた。釜山は、日本から距離的に最も近い外国都市で、福岡出発の高速船では約3時間の距離にある。人口380万人、世界有数の港とともに発展した韓国第二の都市である。春真っ盛りの釜山、真っ青な空が広ろがった快晴の日、心地よい春風に色とりどりの草花が一面に咲き誇っていた。釜山に面した東シナ海はエメラルド・グリーンに輝き、釜山が豊富な自然に恵まれた街であることを実感した。 東京から釜山に行くには、距離的にずっと遠いソウルに行くより大変である。東京-ソウル間は、羽田(国内)空港から毎日数便あるが、釜山へはあまり便数がなく、成田(国際)空港まで行かねばならない。発着便数と成田までの移動時間を考えると、釜山のほうが距離的に近くても、ソウルに行くより時間的に遠くなる。ソウルに比べると、ややのんびりした感じのある釜山だが、港町ならではの情緒があるし、釜山港に水揚げされる魚介類がとても美味しいので、一度は訪れてみる価値がある。今回僕は、格安ツアーに参加してこの街を訪れた。アジアを格安ツアーで参加すると、面白い経験するので、その話をここで紹介しよう。 グループツアーの実態 アジアの国々に旅行する際、飛行機やホテルをばらばらに手配すると、パッケージで丸ごと頼むより必ず割高となる。だが、パッケージツアーにはそれなりの制約がある。前回、学会でソウルを訪れたとき、昼過ぎの飛行便で午後3時頃、ソウル・インチョン空港についたものの、その後、他の団体客が出そろうまで一時間近く空港で待つはめになった。空港からは、同じツアーに申し込んだ10人ほどのお客さんたちと、バスでそれぞれのホテルに向かったが、その途中、否応なしに免税店に連れて行かれる。ここでまた一時間ほど時間をロスする。夕方のソウルの渋滞は想像を絶するほどでひどく、ソウル市街に到達するのにその後また一時間かかった。ソウル市街では、お客さんをそれぞれのホテルに降ろしてゆくが、運悪く我々のホテルに到着するのは最後になった。結局ホテルに到着したのは夜の8時、半日以上を移動に費やしたことになる。旅行も“安いのには理由がある。”ので、こういった格安ツアーに参加すると、かなりの時間を無駄にすることになる。 今回の釜山旅行は同じ轍は踏まないよう、ある手を講じて時間を無駄にしないよう考えた。格安ツアーの場合、空港で我々を待つガイドさんが我々を待ち受けている。ガイドさんの役割は、ツアー参加客をそれぞれのホテルに案内すること。だが、実際には空港からホテルまで送る間、韓国で可能なショッピングや観光、マッサージ、エステ等を紹介し、その予約をしきりに取ろうとする。多分、予約を取ると、ガイドさんに仲介料が落ちるしくみになっていて、ガイドさんの大切な収入源になっているのだろう。そのしくみを前回の旅行で悟った僕は、格安で、しかも時間を無駄にしない旅行をしたいと思った。 ”ガイドなし”の格安ツアー? 空港に着くと案の定、ガイドさんがにこにこしながら僕たちの到着を待っていた。僕はガイドさんに「約束の時間が迫っていて急いでいます。申し訳ありませんが、ここで結構です。」と伝えた。ガイドさんはかなり慌てた様子だったが、彼女にある程度のチップを渡すと、僕の要求を承諾した。彼女は僕に「では、知り合いのタクシーを呼んでありますから、そのタクシーでホテルに向かってください。」と言った。全てを断るのは申し訳ないと思い、せめてそのタクシーで釜山市街に向かうことにした。タクシーの運転手は、僕たちにつたない日本語で、一生懸命話しかけてきた。普段、ガイドさんと運転手は二人ペアで、日本人たちに釜山観光のガイドを行っているのだろう。彼は自分のタクシーで釜山観光を行うよう、必死で僕たちを説得し始めた。僕は運転手に「わかりました。もし、必要であれば電話します。」と言った後、チップを多めに渡してタクシーを降りた。 このように、格安旅行に行っても、ガイドさんの勧誘をうまく断る術を知らなければ、その策にはまって、旅行の自由を奪われかねない。もしこういったことが煩わしければ、個人旅行を選択すべきであろうが、パッケージ旅行に比べると、かなり高くつく。少しでも安くあげ、しかも時間を節約した旅行にしたいのであれば、少々荒っぽいが上記のような方法をとる以外ない。もちろん、これまでアジアで経済的に優位だった日本国民として、アジアに旅行した際、節約ばかり考えていてはいけない。だが、いつまでも日本人旅行客が、いわゆる”かも”にされている時代でもないであろう。
別れの儀式 時間は瞬く間に流れ、帰国の日が近づいた。バンガローの仲間は、友人たちが去るとき、お別れパーティーを開くのが慣例となっていた。いよいよ僕のお別れパーティーの番が来ることになった。パーティーは、夜の海辺でのバーベキューを催した。海に囲まれたハワイは、昼夜を通して気温の変化が少なく、夜になっても生暖かい。日中は日差しが強すぎて、マリン・スポーツでもしない限り、外にいるのはきついが、夜のハワイこそ、外出するのにうってつけの気候となる。満点の星空の下で、たき火を焚きながらバーベキューを食べる。それは、太古から人類が行ってきた営みであり、万人共通の喜びなのだ。 ビールを飲んで酔っぱらったノルゥエー人の友人が、突如立ち上がり、バイキング(北欧の海洋民族)の歌を歌い出した。古くから別れの際に歌われてきたらしいが、ノルゥエー語で歌われた歌詞の内容はさっぱりわからない。僕は“いよいよ帰るのか。”と感傷的な気持ちで、その歌を聴いた。歌が終わった直後、仲間たちの3人が、突如僕を担ぎ上げて、そのまま夜の海に投げ込んだ。これも彼ら流のお別れの儀式らしいが、服ごとずぶ濡れになっても寒くないのは、この地が楽園である証だった。 国際社会で生きるには ハワイに来た当初は不安に苛まれ、日本に引き揚げようとさえ思ったこの旅行も中断しようと思ったハワイほんの少し辛抱するだけで、夢のように楽しい日々に変わった。日本に帰れば、医師として新たな一歩を踏み出さなければならない。先輩医師たちの過酷な日々を見ていたせいか、帰国すれば仕事に追われるハードな毎日が待っているのはわかっていた。だが、当時のハワイでの生活は、そんな将来への不安をかき消すほど、充実した日々だった。海外に一歩踏み出すまで、常に抱き続けていた西洋人へのコンプレックスは、この体験によってすっかり払拭された。結局、人間は肌の色や体格は関係なく、各々が世界で唯一持ち得る個性の魅力が問われのだ。 ハワイ滞在中、僕は団体行動する日本人に時折出合った。僕は常に仲間の外国人たちと一緒にいたから、日本人たちの行動を客観的にみることが出来た。その際、彼らが日本人の仲間内で、ただにやにやしているのはとても奇妙に見えた。日本人は言葉がなくても気持ちが通じ合う、いわゆる”あうんの呼吸”は日本人の美徳である。だが、海外に出た時に、自分の思ったことを表現しないで沈黙していると、”何を考えているか分からない変わった人”と勘違いされることがある。 ハワイ滞在最終日、僕は1人通い慣れた浜にしばらくたたずんだ。この海は僕が1ヶ月半前にここへやってきた時と同様に、強い日差しと風、そして波が絶え間なく打ち寄せている。この大自然の前では間近に迫った僕の将来への不安も取るに足らない。だが、医師として働き始めたら、もうこの地に足を降ろせないと思うと悲しかった。海辺に落ちていた、波に打たれて丸みを帯びた木片にふと目が止まった。何の特徴もないただの木片だったが、僕は青春最後の情熱を注げたこの浜辺の想い出に持ち帰った。

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