GINZA CUVO

ハワイ-1

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医師国家試験 2月末の札幌、1年で一番寒い季節を迎えていた。僕は医大でのカリキュラムを全て終了し、医師国家試験までの残り一ヶ月を受験勉強に費やす毎日だった。アリとキリギリスの童話にたとえると、僕は典型的なキリギリス型。追い詰められるまで何もしない性格なので、医師国家試験合否の行方も最後までわからない。残りわずかな時間、もう少し頑張って医師国家試験に合格すれば、その後少なくとも1ヶ月半は自由の身となる。つらい試験勉強を乗り越えるため、僕は試験終了後に自分自身にご褒美を用意した。それはサーファー憧れの地、ハワイでのサーフィン修行だった。 医学生時代、僕は冷たい北海道の海でサーフィンに情熱をかけていた。自然と一体感が得られるこのスポーツには中毒的要素があり、やればやるほどはまった。皮肉なことに夏の北海道の海は波風が弱く、サーフィンには物足りない。逆に冬、波風はサーフィンには格好のコンディションだが、雪の降りしきる中で海に入いると、寒さで凍えそうになる。そんな命がけのサーフィンはもうこりごりだと思った。北海道で思う存分サーフィンが出来ない欲求不満を持ちながら、僕はいつかハワイで思いっきりサーフィンすることを夢見ていた。 夜型生活が性に合うのか、受験勉強をしていると日に日に寝る時間が遅くなってゆく。“そろそろ寝なければ。”と思うが、神経が高ぶっていて簡単には寝つけない。勉強を終える頃、時計を見ると時刻はいつも午前3時を廻っていた。その頃、僕は受験勉強の合間を見て、旅行準備を進めた。ハワイと日本の時差は16時間、日本の午前3時はハワイ時間で、前日の午前10時であった。一人旅なのでサーフィン雑誌に掲載されている“バンガロー”(ハワイで一般的な平屋建ての宿)に直接電話をかけた。いざ自分1人で予約を取るとなると、僕のつたない英語に不安を感じ、胸の鼓動が高鳴った。やっとの思いで宿の予約を取ることに成功した。時計を見ると時刻はすでに早朝5時を廻り、窓の外は明るくなり始めた。雪が降る寒い朝だったが、僕の心はすでに楽園ハワイに向かい始めていた。3月末に行われた医師国家試験、僕はベストを尽くした。友人たちと答え合わせをすると、合格ラインに達していた。ぼくは心の中で“やった!”と叫びながら幸せを感じた。 マウイ島 試験終了2日後、僕はハワイに飛んだ。4月上旬のハワイ、太陽がさんさんと降り注ぎ、気温は優に30度を超えている。日本から国際便が乗り入れるホノルル空港にはたくさんの日本人観光客がいた。僕の最終目的地はマウイ島だ。ホノルル空港発マウイ島行きの国内線に日本人の姿はない。頼れるのは自分一人だったが、当時の僕は要を足せるほどの英語力しかなかった。30分ほどの飛行時間でマウイ・カフルイ空港に到着した。この空港は天井が吹き抜けで、小鳥たちがさえずりながら出たり入ったりしている。マウイはいかにも楽園らしい雰囲気が漂っていて、着いた途端、この島を好きになれそうな気がした。 空港に到着してまず必要なのがレンタカー、あらかじめ予約していたものの、どうしたらよいのか全く検討がつかない。アメリカは車がなければ何もできない。数日前終えたばっかりの医師国家試験のことはもう頭にない。誰も頼れる人のいない海外で、この先どう乗り切るかで急に不安になった。時刻は正午を廻り、照りつける太陽で体から流れ出る汗が止まらない。いらいらしながら、“こんなにつらい思いをするはずじゃなかった。”とぐちったが、どうにもならない。とにかく前に進むしかない。しばらく空港内外を右往左往して、ようやくレンタカー事務所にたどり着いた。何とかレンタカーを借りるのに成功した。 しかし当時の米国レンタカーにはナビもなく、どうやって宿に行けばよいのか皆目見当がつかない。レンタカー事務所で宿の場所を教えてもらっても、英語が早すぎてさっぱりわからない。僕はわかったふりをして首をたてに振りながらレンタカー事務所を退散した。大学を卒業したばかりの25歳の僕。昔から後先を考えずに行動する癖があったが、今回ばかりは途方にくれた。“このまま旅行をキャンセルして、日本に帰ろうか?”とさえ考え始めた。 車の冷房を最大限に効かして頭を冷やすことにした。しばらく呆然とした。ラジオのスイッチをひねると、昔良く聞いていたポップソングが流れていた。こんな時に懐かしい音楽を聴くと、とても感傷的な気持ちになる。同時にこの音楽に勇気づけられてか、全身に力がみなぎってきた。“夢にまで見たハワイにまで、せっかくたどり着いたのに簡単にあきらめるわけにはゆかない。きっと何とかなるさ!”僕は車のリクライニングシートを真っ直ぐに起こした後、ゆっくりと車を動かし始めた。

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