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美容外科を目指して(脳外科実習-4)

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再発作 図書館で調べた文献の中に、この病気は2度目の脳な出血発作を起こすと、その予後は一気に悪くなるとの記載があった。少女に最悪のことが起こり始めていた。少女の母親からの連絡の後、すぐに少女の入院する病院に駆けつけたが、彼女は酸素マスクにつながれベッドに横たわっていた。 “どうしてこんなことが起こるのだろう。彼女は何も悪いことしていないのに!”と思いながら少女に声をかけてみても全く反応しない。そばにいた少女の母親は泣きながら「娘を健康に生んであげられなかった私が悪いのです。」と言った。これが不治の病と厳しい現実との初めての経験だった。“こういった状況の時、どう対応すべきなのか?”僕は返す言葉がなく、途方にくれた。病室にいても重苦しい雰囲気が漂う。絶望感に襲われながら病室を後にした。 その後、僕の学生生活は医師国家試験勉強に追われる忙しい毎日が日々続いた。北海道の中でも旭川に冬が来るのはことのほか早く、10月も下旬になるとコートなしでは寒くて外を歩くことが出来ない。僕はかじかむ手をジーンズのポケットに突っ込みながら、足ばやに図書館に向かった。この時期本州を襲った台風が温帯低気圧に変わり、強い風が木々の紅葉をすっかり吹き飛ばした。その後急に気温が下がり始め、空は鉛色に変わった。間もなく空から白い雪がちらつき始めた。僕は脳外科病棟で出会った病に襲われた美しい少女に憧れを感じていたのだろうか。それからもこの少女のことが頭から離れずにいた。しばらくすると少女の意識は戻った。今度の発作で彼女には手足の麻痺、言語障害が起きた。しかし、命に別状はなく、回復のためのリハビリに取り組んでいた。 少女との再会 僕は少女がどうしているか気になったが、数ヶ月後の迫った医師国家試験の準備で一杯となり、それ以後少女に会いにゆくことはなかった。時は流れ春がきた。僕はやっとの思いで医師国家試験に合格し、医学部を卒業した。しかし、僕は医学部を卒業しても医師として何をすべき悩んでいた。結局、答えの出ないまま、札幌にある北海道大学医学部大学院に進学した。北海道大学医学部は緑に囲まれた自然豊かなキャンパスの中にあった。春、新緑の季節とともに僕の新しい大学院生活が始まった。“あの少女はどうなったのだろう?”。最後に少女に会ってから4ヶ月が経過していた。意を決して少女の入院していた旭川の市中病院に電話をした。僕は電話口で少女の後遺症の回復が思わしくないこと、現在は札幌のリハビリセンターに転院したことを告げられた。そのリハビリセンターは偶然にも北海道大学医学部の裏の試験農場の裏、1キロ先にあった。僕はポプラ並木が立ち並ぶ試験農場を駆け足で通り抜け、リハビリセンターに向かった。息を弾ませながら、リハビリセンター職員に事情を告げると、「しばらくお待ちください。」と言う。 間もなくロビーに少女の母親が現れた。「お久しぶりです。」僕は母親に言った。母親は落ち着いた表情をして「大学卒業したんですね。」と答えた。僕は医師となったこと、現在は大学院に進学したことを告げた。しばらくの沈黙の後、母親は「娘もなんとか頑張っているんです。」と続けた。僕は「どんな感じですか?」と尋ねた。母親は「先生、娘と会いたいですか?」と聞くので、僕はためらわず「はい。」と答えた。リハビリセンター職員の案内でリハビリ室に向かった。僕の胸の鼓動は高鳴った。しかし、そこには別人のようになった少女がいた。脳出血後遺症で彼女の頭の中は脳髄液の流れが遮断され、頭が普通の大きさの2倍ほど腫れ上がる“水頭症”と呼ばれる状態になっていた。彼女の髪は短く刈られ、脳髄液を循環させて“水頭症”を改善するためのシャント手術の傷跡が痛々しく残っていた。肥大した頭の圧迫で少女は目を開けることすら出来なかった。意識レベルは低く、少女は他人を認識出来ないでいた。僕は努めて冷静に振る舞うようにしたが、全く言葉が出ずに呆然となっていた。すると、少女の母親は僕に「久保先生。将来、こういった難病の患者さんを治せる立派お医者さんになってください。」と言った。 リハビリセンターを出て、農業試験場の中を北大に向かってゆっくり歩いた。雲一つない晴天の日だった。春風に気持ちよさそうに揺れるポプラ並木がとても美しく見えた。後ろを振り返ると少女の入院するリハビリセンターがすでに遠くに見えた。少女のことを想うと涙がこみ上げそうになった。だがそれ以上、うしろは振り返えらなかった。それ以来、僕は少女のお母さんが言った“立派な医師になってほしい。”という言葉を忘れられずにいる。

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