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映画、“幸せのちから”

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“決してあきらめなこと。” 日曜の夜遅くふと時間が空いたので、近所の映画館にウイル・スミス主演、“幸せのちから”という映画を見に行った。夜9時過ぎから始まったにもかかわらず、場内は多くの人で混み合っていた。僕がこの映画を見に行ったのは、この映画に“決してあきらめないこと。”という副題がついていたから。 映画の内容自体は極めてシンプルなもので、舞台は1980年代のサンフランシスコ、30台後半の米国黒人男性(ウイル・スミス)が医療機器の販売に携わっている。彼は高額なこの医療機器を、全財産叩いて100台近く買い込んだ。1台売るごとに、300ドル程度の儲けがが出る。しかし現実は厳しく、そう簡単には売れない。幼い子供のいる彼の家庭は、夫婦共働きで夫婦共働きにもかかわらず経済的に困窮し、妻の不安は募るばかり。ついに妻は家を出て、彼女の家族の住むニューヨークへと旅立ってしまう。責任感の強い彼は子供を自ら引き取ったが、家賃滞納で住む家を失う。彼は全財産20ドルの極限状況まで追いやられ、夜を明かす場所もなく、駅構内のトイレで息子と惨めな夜を過ごさざるを得ない状況だ。こんな状況の中、みじめに思った彼の目からは熱いものがこみ上げる。 しかし、この映画の副題にある通り、彼は“決してあきらめない。”タイプの人間だ。彼は自分の得意な数学の能力を生かし、証券マンとしての再生にチャレンジする。しかし、証券マンとして生き残るためには半年間の無給での見習いを行い、その候補生20人中1名のみが生き残れる険しい道のりだ。ホームレス施設で過ごす夜、窓から差し込む明かりを頼りに、試験勉強をする彼の姿は映画を見る皆に感動を与える。必死で努力を試みた彼は、ついにこの狭き門をくぐり抜けた。映画のラストシーンで、彼はこみ上げる喜びを必死で押さえようとするが押さえきれず、一人その歓喜に浸る。 人生にとって大切なもの。 この映画は実話に基づいたとは言え、典型的なサクセス・ストーリーだった。しかし、興行的には大成功を収め、観る者の多くの心を奪った。それは何故だろうか?それはこの映画に人生において大切なポインがあるからだと思う。主人公が、他にもお金を稼ぐ手段はあったにもかかわらず、競争の激しい証券マンになるための努力をしたのは何故だろう?彼には最愛の息子がいた。人は家庭を持つと、一人ので生きていたときのように、自分勝手に振る舞うわけにはいかなくなる。特に子供が生まれると責任は一層重くなり、人は精神的に成熟すると言う。映画の中の彼は自分の息子に、誇り高き生き様を見せたかったのだろう。 次に、彼の経済的状況を考えてみよう。確かに人は、経済的に豊かなほうが幸せに決まっている。しかし、経済的に恵まれている人間が必ず幸せかと言えば、そうではない。僕自信も学生時代、経済的には恵まれていなかった。しかし、お金が無くてもスポーツや研究に没頭することが出来た。また、その分野で、自分の努力によって目標レベルに到達出来たときは、この上ない喜びを感じた。 当時と比べると、現在のほうが格段に経済的には豊かになったが、豊かになっただけ幸せになったとは思えない。僕の場合、高級車や高級クラブのはしごなど、お金のかかる趣味はないので、ある程度のお金があれば十分に満足のゆく生活が出来る。では、人にとって本当の幸せとは何だろうか?映画、“幸せのちから”が訴えるように、愛する家族のために、自らが誇りを感じる仕事を持ち、充実感を味わいながら生きることこと。そこに人は本当の幸せを感じるのではないだろうか。

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