GINZA CUVO

2007年1月アーカイブ

007とは? 先日、007最新作、バトルロ・ワイヤルを見に行った。007シリーズはこれで20作目で、新しいジェームス・ボンドはダニエル・クレイグ、あまり見慣れない俳優さんだった。これまでのジェームス・ボンドは、ショーン・コネリーのように黒髪の俳優だったが、ダニエル・クレイグは初めての金髪のジェームス・ボンドである。映画の宣伝ポスターで見かける新しいジェームス・ボンドは、ショーン・コネリーに代表されるようなプレイボーイ的な印象とは違い、どこか硬派な感じがする。 そもそも、007とは何だろうか?007はスパイ活動を行う英国諜報局員の固有名詞を意味する。冷戦時代、外交上の情報は、国の存亡にかかわるとてつもなく重要なものだった。そこで、英国、米国、ロシアなどの先進国は、外交上の情報をいち早く察知しようと、スパイたちが諜報活動を盛んに行っていた。東西の壁が消滅した現在、かってのほど激しい動きは見せないものの、アルカイダなどイスラム過激派たちとの攻防のため、これらの諜報活動はいまだに重要な国家機密とされる。 時代の変遷とともに、映画007シリーズでは、今回のように新たなジェームス・ボンドが登場すると、映画の舞台である英国ではエリザベス女王までが公式試写会に出席する。今回の試写会にはエリザベス女王のみならず、MI6(イギリス秘密情報局)の現役局員が参加してこの映画についてのコメントを述べている。一般的に、映画の中のジェームス・ボンドは、毎回登場する美女、ボンド・ガールとの恋の駆け引きを中心に、ジエーム・スボンドを魅力的な男性として表現している。しかし、映画を見た現役諜報局員は、「実際の諜報活動は、映画のジェームス・ボンドほど華やかではなく、大変地味な活動である。」と述べた。 時代とともに変わるジェーム・スボンドの魅力 では男性の魅力とは何なのか? 自信があって、前向きな性格。 明るくて気前が良い。 ユーモアがある。 人情味がある。 おしゃれで清潔感がある。 これらの要素が揃っていると、魅力的な男性としては申し分がないと言えるだろう。 今回のジェームス・ボンド、ダニエル・クレイグは、これまでのジェームス・ボンドに比べると、随分硬派な印象を与える。実際の映画では、最初からアクション主体でテンポ良く話が進んでゆく。ボンドガールとの色恋もあるが、いわゆるプレイボーイという印象は与えず、あくまで真剣な恋をする。そして、ジェームス・ボンド逆境にも決して屈しないタフで誠実な男として描かれている。我が国では若い男性が弱くなったと言われる。環境ホルモン等の影響で男性が弱くなったのは日本人だけではなく、世界的傾向なのだろうか。我々現代人が理想としている男性は女性を魅了するいわゆる”プレイボーイ”ではなく、失われつつある強い男なのかもしれない。
出発 赤く紅葉したイチョウの木の葉が、初冬の強い風で舞っている。留学の準備はすでに終えた。“まさか、こんなに早く留学することになるなんて。”8ヶ月前に入学したばかりの北大構内から立ち去ろうとしている。この春、新緑が僕の大学院入学を暖かく迎え入れてくれたばかりだった。でも、留学が決まったのは数ヶ月前、教授が僕に、「君は遊びに関してはプロだが、仕事は全くなっていない。アメリカでしっかり研究を学びなさい。」と告げられたときだった。その頃、真面目に仕事に取り組まない僕の態度は、周囲の批判の的になっていた。そのせいか、“このまま楽しい生活を続けているわけにはいかない。この留学を契機に成長しないと、社会人として通用しない。”と僕は肌で感じていた。 ニューヨーク行き直行便が離陸した。どんどん離れてゆく景色を窓の外に見ながら“いよいよか。”と期待不安とが交錯する。“だって、自分が望んでいた留学なんだよ、これは。”そう、自分にそう言い聞かせてみたものの、何故か目頭が熱くなる。“大の男がこんな女々しくしてたら恥ずかしい。”と思った。気持ちを切り替えるため、少し眠ろうと目をつぶった。仲良くなった友人、その頃付き合い始めた彼女、札幌での楽しい記憶が頭の中を駆け巡る。しばらくすると、留学の準備と緊張てで疲れていた僕はぐっすり眠りに落ちてしまった。 到着 気がつくと飛行機はすでにニューヨークに向かって降下を開始した。降下につれて、ニューヨーク郊外の街並がどんどん大きくなる。離陸した時の感傷的な気持ちはすでに吹っ切れ始めていた。ニューヨーク・JFK空港には先に留学していた先輩が迎えに来てくれた。「お疲れさま。」と、先輩は僕にあった途端、にこっとしながら声をかけた。続けて、「お腹空いていない?」と尋ねるので、「はい。」と僕は元気に答えた。時刻を見ると午後の2時、日本では真夜中だが飛行機が着陸した途端、急に空腹を感じた。僕たちは先輩のかなり古びた車に乗り込んで、JFK空港からマンハッタンへと向かった。札幌より少し暖かいが、高速道路から街並を見渡すと、木々の葉はすでに落ち、ニューヨークもすっかり秋めいていた。車を20分も走らせると、僕たちはロングアイランドの一軒のドライブ・インに立ち寄った。 アメリカ映画で出てくるような、いかにも古びれたドライブ・インだった。中年のウエイトレスが注文を取りにくる。彼女は僕が今日本から着いたばかりの、右も左もわからない留学生だと知るはずもない。何を注文したらよいか分からず迷っていた。先輩のほうを見ると、自分の注文に忙しそうにしている。そのウエイトレスは、もたついている僕を早く注文をしろとばかりに睨みつけている。思わず僕はメニューの一番上に書いてあるランチメニューを選んだ。僕は先輩に「怖いウエイトレスですね。」と言うと、先輩は肩をすぼめながら「こんなもんさ。」と答える。先ほどのウエイトレスは僕たちのコーヒーカップになみなみとコーヒーを注いだ。ぬるくて薄味のコーヒーだったが、空腹のお腹に入っ多途端、思わずほっとした。 ウエイトレスはすぐに料理を持って戻ってきた。彼女はかりかりに焼き上がったベーコン、目玉焼き、温められたパンを僕の前のテーブルの上に載せた。僕はそのウエイトレスに向かって一言「ありがとう。」と言った後、夢中で料理を食べた。先輩は驚いたような顔をしながら僕に「随分、美味しそうに食べるね。」と言った。僕は「はい、とっても美味しいです。」と答えると、先輩は「俺は今でもアメリカ料理はどうも苦手なんだよ。」と言った。黙々と料理を食べ続ける僕に先輩はさらに、「君だったら、すぐにこっちに適応出来そうだね。」と言った。食事を終える頃、僕の気持ちはすっかり明るくなっていた。
ダイヤモンドダスト 2月の北海道の美瑛町、今朝もこの上なく冷える。時計を見ると時刻は朝の八時、布団の中で寝返りを打つと寒さで体が震える。頭まで布団をかぶらないと顔が痛くて眠れない。だが、そろそろ大学に行く時間が近づいている。思い切っ布団から出て窓から外を覗くと、空気の中にキラキラと輝きを放ちながら舞うものが見える。「あーっ、ダイヤモンドダストだ。」僕は寒さで体をこごめながら、そう独り言をつぶやいた。ダイヤモンドダストとは旭川のような極寒の地で、雲一つない冬の快晴の日に、気温がマイナス20度以下になると現れる。それは大気中の湿気が凍りつき、光を反射して宙に舞う。ダイヤモンドダストはこの地方の冬の風物詩とあって神秘的で美しい。部屋の中があまりにも寒く、また布団の中に潜り込みたい気持ちだった。しかし、授業に間に合うためには勇気を奮い起こし、冷たくなったジーンズに足を通すことにした。枕元においた飲みかけの水の入ったコップを見ると、芯までしっかり凍り付いている。おそらく部屋の中の温度は冷凍庫並みだ。 極寒の地での暮らし その頃、僕は北海道のへそ、旭川郊外の美瑛町の農家の廃屋で暮らしていた。何故、そんな場所の暮らしていたか?それは親から送ってもらった生活ぎりりの仕送りの中で一番の比重を占める家賃を節約するためだった。大学近くで下宿をしていた頃は、2食付きの六畳一間でも約5万円の下宿代がかかった。当時の僕は8万円程度の仕送りだったから、食べ盛りの僕にとって外食などすると、あっという間に仕送りは消えてしまった。家庭教師などのアルバイトもしていたが、医学部も高学年になると、アルバイトもそうそう行っていられない。お金を貯める唯一の方法は5万円の下宿代を削るしかなかった。その頃の僕は、サーフィンのメッカ、ハワイでのサーフィン修行を行なう夢を捨てきれずにいた。大学に入ってから始めたサーフィンの腕は北海道の短い夏の間の小さな波では満足出来ないところまで上達していた。医師国家試験が終わってから医師として働くまで約1ヶ月半の猶予があった。この期間になんとしてもハワイに行くために、ある程度まとまったお金が必要だった。その頃、大学山岳部に所属していた一つ上の先輩が、旭川から真っすぐ富良野に向かって車で20分の距離にある、美瑛という小さな町に農家の廃屋を借りて住んでいた。家賃は一人5000円、電気は通っているが、水道は井戸水、暖房は石炭ストーブという原始的な環境だった。“ここに住めばハワイに行ける!”そう確信した僕は大学5年の秋からお金が貯まるまで、この廃屋に住む決心をした。悩みは汲取式トイレ、これだけが寒さより何よりも辛い。お金節約のためにと思い、鼻をつまみながら用を足さざるを得ない。寒い日には車のエンジンがかからないことが多い。バッテリーが冷えきってエンジンに発火しない。友達から譲ってもらったおんぼろの車はただでさえ調子が良くなかった。毎晩家に返ってくると、バッテリーを車から外して家の中に持ち込む。しかし、家の中でさえ気温は氷点下10度を下回る。先輩に「この家の中で、どこが一番暖かいかな?」と尋ねると、「冷蔵庫のなかだよ。」と答えた。こんな寒い時期はなんと冷蔵庫が保温室に変わる。僕は先輩の許可を得て、冷蔵庫の中に車のバッテリーを保温のためにしまうことを日課にした。 それぞれの目標 暖房は石炭ストーブ、すっかり時代が逆戻りしたようだが、ストーブの火をいじるのが意外にも楽しい。石炭は友人が廃鉱となった夕張炭坑跡地から、近くの農家から借りたトラックで拾ってくる。捨てられていた石炭のせいか質が悪く、その中から燃えやすい石炭を探す必要がある。僕はその選び方を友人から習った。そして凍えそうになりながら、燃えそうな石炭を懐中電灯を照らしながら拾う。“今夜も極端に冷える。”と思いながら空見上げると、雲一つない満天の星空だった。拾ってきた石炭をストーブの中に“よく燃えてくれよ。”と祈りながらくべる。一学年上の先輩は、なかなか暖まらないストーブに身を寄せながら、間近に迫った医師国家試験の勉強をしている。彼は学生時代に訪れたチベットで、精神的にすっかり感化されてしまったらしい。そこで得た精神的パワーを東洋医学に盛り込んで、西洋医学以上に価値のあるものを体得することが彼の夢。そのためには現代社会の利便性を捨て、もう一度人間本来の道に戻るために、あえてこのような原始的環境に自分の身を置いている。僕はある程度、彼の考えには共感出来きたが、お金を節約する以外の目的でこのような劣悪な環境下で生活続ける気には最後までなれなかった。 朝には石炭ストーブは消えてしまっているから、目を覚ます頃には家の中は冷凍庫のように冷えきっている。僕はジーンズをはいた後、厚手のジャンパーを着込んで廃屋の二階から石炭ストーブのある一階へと階段を足早に降りた。すると、ストーブの前で先輩が厚手のアノラックと呼ばれる防寒具をまとって座ったまま寝ている。「じゃあ、先に行くよ。」と僕が先輩に声をかけると、先輩は目を覚まして僕の方を振り向いた。僕はその顔を見た途端、思わず吹き出さずにはいられないかった。先輩の顔は不完全燃焼をおこした燃えにくい石炭のすすで真っ黒になっていた。「先輩、危ないよ。そんなことしてたら!」僕は笑いながらも彼の身の危険を案じた。先輩は「大丈夫、この家は隙間だらけなんだから、決して一酸化酸素中毒になんかならないよ。」と答えた。 山の好きな彼、そして海の好きな僕、自然に魅せられた一風変わり者の医学生たちがそれぞれの目標に向かって、極寒の地、美瑛である時期生活をともにしていた。

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