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‘戦友’たちの訪問

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久しぶりの再会 先日、北海道で整形外科研修医をしていた病院の看護婦さんから突然、クリニックに電話が入った。その頃の仲間4人で東京に遊びに来ているから是非、会いたいという。北海道で勤務していた頃からすでに6年近くの歳月が流れようとしている。彼女たちとは六本木で待ち合わせをして、近くのレストランに行くことにした。僕はアキレス腱を切ってからちょうど5週目で、ギプス、松葉杖は外れたものの、まだビッコを引きながら歩いているので、彼女たちと会うのが気恥ずかしかった。と言うのも、6年前までこの看護婦さんたちは僕とともにさんざんアキレス腱などの手術を一緒に行なってきた、いわゆる‘戦友’と思える仲間たちだったから。今や自分のクリニックを経営する立場となった僕も、ついこの前まで駆け出しの外科医だった。食事をしながら彼女たちと話しているうちに、過去の想い出が昨日のことのように浮かび上がってきた。 駆け出しの研修医 医学部卒業後、直ちに大学院に入学し、米国へ留学をした僕は、日本に帰ってきた時点で臨床医の実力は同年代の医師たちから大きく遅れをとった。外科研修の初日は、いきなりガラスで手を切った患者さんの担当となった。僕は研修病院の院長の前で、緊張しながら縫合をすることとなった。左利きの僕は受針器を左手に持って縫い始めようとしたとき、研修病院の院長は僕に向かって、「縫合は右手を使いなさい。」と注意した。僕は「院長先生、僕は左利きなのですが。。」と言い訳をすると、院長は「うちの看護婦は左利きの先生に合わせて助手をする事は出来ません。君が看護婦さんたちに合わせて、右手で縫合しなさい。」と言った。僕は愕然としたが、その日から右手を使って縫合を行なうようにした。 あの時の院長の一言で、元来左利きだった僕は、外科研修時代行なった数限りない縫合を右手で行なった。そのおかげで右手も左手と同様に使えるようになった。外科手術は、短時間で完成度の高い結果を出すほど術後の経過が良い。僕が両手を使って素早く手術が出来るようになったのは、あの時の院長の厳しい一言のおかげと言っても過言ではない。 外科医の礼儀作法 しかし、当時の僕は医師としての礼儀作法はなっていなかった。そのせいで、医研修医時代に先輩からしこたまお叱りを受けた。外科の躾は厳しく、まず初めに言葉使いから注意された。先輩に何か言われた時はすぐに“はい。”と返事をしなければ怒られた。3年近くの留学で、すっかりアメリカかぶれしていた僕は、先輩に対して敬意を払うことなく気軽に“うん。”というような返事を無意識でしていたらしいが、そのたびに「返事の仕方に気をつけろ!」と怒鳴られた。ある時などは本箱に寄っかかりながら先輩の話を聞いていると、「お前、人の話を聞いている時にその態度はなんだ!!」と怒鳴られた。その頃の僕は「何だよ。軍隊じゃあるまいし、先輩だからと言ってそんなに偉ぶる必要ないじゃないか!」と内心反抗していた。しかし、“外科医の世界では先輩の存在は絶対的で、先輩の言う事を良く聞くほど、外科医として早く成長出来る。”という事実に気がつくまで、そう時間はかからなかった。 僕は心を入れ替えて従順な弟子として謙虚に経ち振る舞うようになった途端、先輩たちが次々にいろいろな事を教えてくれるようになった。そもそも、外科医の世界は経験こそが全てという単純明快な世界、考え方もシンプルな外科医たちは、同じ世界に生きる後輩が素直な態度を示すと、この上なく可愛がってくれる。 手術以外に学ぶ事 整形外科でまず最初に学ぶのは外傷の治療だ。研修病院の院長は僕に向かって「君は普通の外科医より4年も遅れているのだから、一年で通常の研修医の4倍の事を学んでください。」と言った。僕は「はあー。」と気のない返事をすると、院長は「大丈夫。この病院はとても手術が多いので、まず君には手術を全て教えます。これを数学の問題に例えてみると、問題の答えを最初に全部教えることになります。答えを知って解き方を考えるほうが、時間を大幅に節約出来ます。つまり、手術から先に出来るようなれば、君の努力次第で病気の診断も効率的に出来るようになるでしょう。」と言った。それからというもの、僕は一年間に300件以上の手術を、この院長と二人で次から次へとこなす事で外科手術の勘を着実に身につけていった。 ある時、頑強な男が病院を訪れた。その男性は30代前半で、頭は丸坊主だが眉毛は薄く、あごにはひげが生えている。ジャージを着ており、色付きのサングラスをかけていた。その男性は、「先生、魚を切っている時に間違って、小指を切り落としてしまいました。切れた指の断端を縫い合わせてくれませんか?」と言った。切れた患者さんの指を診察すると、小指が第一関節の下ですっぱりと切れていた。僕は“随分、見事に切れたものだ。”と内心驚きながら、「切れた指はどこですか?指があれば再接着出来ます。」とその患者さんに尋ねた。すると、その患者さんは「それが、見当たらないんです。どこかへいってしまいました。」と答えた。僕は内心、“そんな簡単に小指がなくなるわけないんだけど。。”と思いつつも患者さんの言う事を信じた。“どうしたものか?”と思って、学会出張中の院長に電話で相談すると、「患者さんの言う通り、断端を縫合してあげなさい。」と答えた。僕は「指を探して再接着しなくても良いですか?」と聞き返すと、院長は「その患者さんはヤクザの世界から足を洗うために“おとしまえ”をつけているんだよ。指を見つけて再接着したら、彼はヤクザから足を洗えないんだよ。」と、忙しそうに電話を切った。僕は「そうか。よく見るとあの外見はヤクザっぽいよな。」と状況を把握した。北海道の港町では今から8年前でもそんな話が結構あった。臨床医は技術だけでなく、患者さんの状況を把握した治療することも大切で、ヤクザ屋さんのための治療というのも身につけておく必要があった。 そんなことを思い出しながら、今や‘戦友’とも思える看護婦さんたちとの食事会も、そろそろ終わりに近づいた。手術を受けた左足は、数時間も座っているとまたむくみ出す。僕が足を気にしていると、ほろ酔い加減の看護婦さんの一人が僕に向かって「先生がアキレス腱を切るとはねぇ。もう、歳なんだから無理をしないほうがいいですよ!」と言い放った。

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