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アンチエイジング診療の外-23(夜間当直病院)

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大学院生のアルバイト 医師国家試験に合格した後、将来何をしてよいかはっきり決める事の出来なかった僕は北大医学部大学院へと進学した。大学院は4年間のコースだが、その間に研究を行い、博士号を得るのが目的だった。大学院には博士号取得を目的に他科の先輩医師たちもたくさん集まっていた。新米の僕は医師資格を取得したものの、臨床医としては当分の間、何の経験を積めない立場にあった。しかし、大学院は授業料がかかるし、医学部をすでに卒業しているので、いつまでも親のすねをかじるわけにはいかなかった。ある程度の生活費を稼ぐために、何らかのアルバイトをする必要があった。若手医師としてのアルバイトとしての登竜門は病院当直だった。有床病院では法律で24時間医師が常在しなければいけないため、常勤医が帰る夕刻6時頃かあ翌朝まで当直する医師が必要である。そのため、研究に忙しい大学院生医師などがこのような仕事を生活費を稼ぐために行うのが常だった。 大学院生活も数ヶ月経過した頃、面倒を見てくれていた先輩から「そろそろ、当直でも行ってみないか?」と声がかかった。僕は「行きたいのですが、何も出来ないんですけど、大丈夫でしょうか?」と答えた。先輩は「大丈夫だよ。まず何も起こらない寝に行くだけの病院だから。何かあったら、僕に連絡してくれたら、対処法を教えてあげるよ。但し、発熱や高血圧、腹痛の対処法は勉強しておきなさい。」と言われた。僕は北大から車で20分くらいの札幌市郊外の閑静な住宅地にある病院に当直に向かった。この病院は老人病院で、数十人のご老人たちが入院していた。もうすでに常勤医師は帰っており、当直の看護婦さんが数人、ナースステーションで申し送りをしていた。僕は緊張しながら「当直に来ました。宜しくお願いします。」と言うと、担当の看護婦さんは「今日は特に不安定な患者さんはいません。」と答えた。僕はほっとして当直室に入って、何も起こらない事を祈った。当直室の中には毎日の記録があり、過去一週間のの夜の出来事を見ると、数人が発熱や高血圧となっており、当直医が対処していることがわかった。僕は「なるほど、先輩のアドバイスは的確だ。」と思った。その夜は何事もなく終わり、初めての当直を終えた安堵感と臨床医として初めて行った仕事の達成感に胸が弾んだ。 ご臨終への心構え 昼間は研究、夜は週1~2回の当直をこなしていると、それなりに老人の夜の問題に対応できるようになった。次のステップはさらに大規模な老人病院で当直を行うことだった。このような病院には100人以上の入院患者さんがおり、夜間でも多くの問題が起こる。この病院で当直する一番の懸念事項は患者さんが亡くなるときの看取り方だった。これも先輩から次のように教わった。「いいかい、久保君。患者さんが亡くなるときは呼吸と、心臓の力が弱くなる。それをモニターで確認できたら、すぐに家族を呼びなさい。延命は望まない家族が多いけれど、それを望むかどうか電話で確認しなさい。望まない場合はそのままにしておきなさい。心臓、呼吸が停止した場合、家族がいらっしゃる場合、念のために心臓マッサージと場合によってはカウンターショック(止まった心臓を動かす電気ショック)を数回行いなさい。最終的には瞳孔散大、心肺停止、脈が触れない事を確認してから、冷静にご臨終ですと伝えてください。」僕は必死にメモを取りながら、本当に自分が死を看取れるのか不安だった。僕が当直病院に出発しようとすると、先輩は僕に向かって「もう一つだけ伝えなければならない事があります。心臓が止まった事を確認したら、すぐに心電図モニターを外した方が無難です。心臓は死亡しても、しばらくたつと動き出すことがあるからね。それを家族が見ると、まだ生きていると勘違いされる可能性がありますよ。」と言った。僕は内心「なるほど、遺族の前でご臨終を告げた後に、心臓がまだ動いていたら、“あれっ”と思われても仕方がないだろうな。」と、これこし、貴重なアドバイスだと感じた。 思いもよらない症状 100人以上の入院患者がいる病院での夜の当直は不安だった。発熱、腹痛などの一般的症状はすでに対処出来るようになっていたが、それ以外にも何か突拍子もない事が起こる可能性も捨てられなかった。当直日誌に目を通すと、昨夜には患者さんの一人が亡くなっていた。「今晩は何も起こらないでくれよ。」と祈りながら、当直室のベッドで横になってうとうとしていると、電話が鳴った。僕は「もしかして、ご臨終か。ついにその時がやってきたか。」とどきどきしながら電話に出た。看護婦さんは「先生、患者さんの‘あご’がはずれたみたいで、口が開いたままです。すぐに来てください。」と僕に伝えた。僕は患者さんのご臨終のことばかり考えていたので、拍子抜けしたのと同時に、どうしてよいかわからず、途方に暮れた。時間はすでに夜中で、先輩医師たちに電話するのも気が引けたが、外科系の先輩医師たちに電話をかけまくった。運良く整形外科の先輩医師が電話に出てくれた。先輩医師は「あごの脱臼は下あごが前にでているのだから、両手で下あごをしっかり持って、まずは下に引っ張って、次に後ろに押せばたいていの場合、元に戻るからやってみなさい。」との助言を受けた。その患者さんは80歳過ぎのおばあちゃんで、夜中に何か食べようと、大きな口をあけた途端、口が閉まらなくなってしまったらしい。僕は先輩医師の言われた通りの手技を何度か試みると、“かちっ”という音とともに、おばあちゃんは口を元通りに閉めることが出来るようになった。おばあちゃんはきょとんとした顔をしながら、口を動かせるようになって喜んでいた。僕はこの時から、劇的な変化をもたらす興味深い外科医学に一気に興味を持ち始めた。ご臨終を経験したのは当直を始めてから一年近くが経ってからだった。それはある夜突然経験したのだが、立て続けに二人のご臨終を看取る事になった。大学院での研究を重ねながら、先輩医師たちの助けによって、臨床医の仕事を当直から学び、僕は少しずつながら臨床医としても成長していった。

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