GINZA CUVO

2006年5月アーカイブ

40代の女優さん 40代の人気女優の中で、テレビ、新聞のコマーシャルを見ていると、黒木瞳さんの露出度があまりに多く、驚かされる。これほどまでに単一女優が高頻度に露出したことは、かつて類をみないのではなかろうか。僕はある夜、六本木ヒルズ会員制クラブで食事に招待された時、そこで偶然にも彼女が隣の席で食事をしていた。さすが、元宝塚女優だけあって、声も大きく、とても活発な女性である印象だった。それにしても彼女の人気の秘訣は何であるのか考えてみたくなる。 僕たちが食事を終える頃、彼女たちも同じタイミングで席を立ったので、目の前で彼女の様子を見る事が出来た。美容医療に携わるプロの目から見ても、彼女がよくメインテナンスされている女性である事が一目瞭然であった。きっと、彼女の美意識は相当に高く、食べ物、運動、ストレス管理など内・外面ともに最大限ケアしているのだろう。並大抵ではない日頃の努力によって、一般的な40代の女性よりも、ずっと美しい容姿を保つ事が出来ている。 “人間は内面が大切で、美しさは内面からにじみ出てくる”というフレーズは良く聞くが、これはあくまで理想論である。女優さんは何はともあれ、テレビ画面ではどのように映るかが全てである。もちろん、性格の悪さ、品のなさ、知性の低さが現れるているようでは困るが、外見が美しくなければ話にならない。 女優さんに負けない美意識の高い女性たち 僕のクリニックには40代の女性の来院が他の年代に比べて圧倒的に多い。彼女たちの多くは既婚で、子供もいるがある程度手がかかならなくなって、自分の時間、自己投資出来る余裕のある方々が多い。彼女たちは黒木瞳さんのような女優たちに勝るとも劣らない、美意識が高さだ。その中には趣味は美容、自分をきれいに保つためだけに生きているような女性もやってくる。彼女たちの場合、スキンケアを中心に行うのだが、外科治療重視の僕は、これらの治療にどれほどの効果があるのか、ついこの前まで疑問に思っていた。しかし、この女性たちの美しさを目の当たりにして、日頃の積み重ね、美肌維持のための治療がいかに有効であるかを思い知らされた。彼女たちの場合、逆に手など、顔ほど気を使わない部分は年相応なので、美しい顔とのギャップに驚かされる事もある。 40代女性の魅力 つい最近まで、女性も若いというだけでちやほやされていたが、そのような時代は終わりを迎えている。何故なら、我々が“若さはほんの一瞬に過ぎないものである。”ことに我々が気がつき始めたからだ。若さだけを追い求めていても、人は決して幸せになれない。最近、女優の小泉今日子さんやYouさんなどの40代女優たちが年下の男性と恋愛しているらしいが、それとて不思議ではない。40代女性は内外両側面で充実すると、まるで高級ワインのように熟成された魅力を持ち得る。年下の男性は美しく、そして包容力のある女性に魅力を感じる。40代の女性は年上の男性よりも、はつらつとした若い男性を恋愛対象にする時代になっているのかもしれない。彼女たちは過去に培った人間としての魅力と、女性の魅力の両方を持ち得る貴重な存在であることが、今後見直され、ますます注目を集める年代になるにちがいない。

美容医療の歴史 美容医療の歴史は思いの外古く、紀元前の古代エジプト時代から歴史上に残されているらしい。5000年以上前、クレオパトラが実在した頃にすでに"金の糸療法"が行われていた。それは今から30年前にエジプト王族の棺の中のミイラに金の糸が巻き付いているのを発見されたことで証明された。この発見を発端に10年前、フランス人医師、コークス氏が金の糸を皮下に埋め込むと、皮膚が活性化し、美肌効果があることを発表した。まさに、"歴史は繰り返す"とはこの事で、このような治療は太古の昔から行われてた。クレオパトラが39歳で他界した時、その肌は15歳くらいの美しさだったと言われている。もしかすると、クレオパトラも金の糸療法を受けていたのかもしれない。 その頃の医療では癌などの病気に対して、病巣を取り出す外科手術も行われていたらしい。しかし、これらの治療に対して行われるお腹を切る(開腹)手術は、結果的に寿命を縮めるとして、結局良い評価を受けなかったらしい。それに対して、美容外科のように実質器官(最初から表面に出ている顔、手足など)に対する治療は高い評価を受け、積極的に行われていた。 現代医療も十年くらいまで、大規模な外科手術が積極的に行われていたが、最近になって、その切開による損傷がただならぬものであることが証明された。そこで、内視鏡などを用いた傷の少ない外科治療に取って変わられつつある。古代の人々は現代人が最近になって気がついた人体の常識について、ずっと昔から、既に知っていたのである。 これまでの美容医療 美容外科医療の分野でも、最近になって"メスを使わない、切らない治療"こそが主体となってきている。ついこの前まで、美容外科とはいわゆる"美容整形"と呼ばれる、変身(別人のような容姿になること)をもたらす医療の印象が強かった。確かに時効寸前で逮捕された殺人事件犯罪者、福田和子のように、犯罪から逃れるために整形をしたりするマイナスのイメージも少なからず、この医療につきまとっていたせいもあろう。僕も前クリニックに努めていた頃、駆け込むようにやってきた一人の女性を担当した事がある。「目を二重にして、鼻を高くして、あごのラインを整えて、顔のしわを全部取ってくれ。」というのである。しかも、「お金は全て現金で用意してあるから。」と言われ、どうしたものかと思ったが、院長に相談し、一緒に治療を行った。治療は無事終了して落ち着いた頃に、その患者さんにもう少し詳しく話しを尋ねてみた。「実は私、ある男性を信じて、一緒に暮らしていたのですが、その男性が浮気をしていたのです。それを知った瞬間、気が動転してどうして良いかわからなくなったのです。」と答えた。僕は「そうだったんですか。辛かったでしょう。」言った途端、その患者さんは泣き出して「それで私、命を捨てようと覚悟を決めたんです。」僕は黙って話を聞いた。患者さんは続けて、「でも、どうしても命を捨てる事が勇気がでなくて、どうして良いか悩んでいるうちに、美容整形をして自分を変えることにしたんです。」と言った。それでありったけの貯金を引き出して、前のクリニックに駆け込んだらしかった。 このように、何かをきっかけに衝動的に整形を行う患者さんも、つい最近まで少なくなかった。しかし、このような患者さんは稀であるにも関わらず、社会的に影響力があるせいか、美容医療に対する特殊なイメージが染み付いたのだろう。マスコミの影響も多大だ。容姿に対するコンプレックスを全面的に解消するために美容治療が行われ、その前後の差に唖然とさせられるが、実際は化粧や写真の取り方でかなり誇張されている。マスコミは視聴率を稼ぐために、その患者さんの社会的背景も含めて興味深い内容に仕上げている。このような影響のせいか、美容医療は一般的に見ると奇異な感じに捉えられてきた。 これからの美容医療 僕は常々、美容医療はとても価値のあるのに、そのような偏見で見られていることに懸念を示していた。僕のコンセプトは"美容医療は別人になるのではなく、ピンポイント(一つ一つ)で気になる老化現象を改善する。"ものということだ。僕のクリニックでは特殊な場合を除いて、一回の治療で一つのポイントだけ治療する事を原則としている。そのほうが、患者さんにその治療の価値をわかっていただける。もし、その治療以外にも解決したい点があれば、患者さん主導で提案していただき、その治療価値があると僕が判断した場合、その治療をすることにしている。その方が、患者さんと医師の間に信頼関係が生まれ、患者さんの満足度が高い。 このスタンス(治療判断基準)で治療を行っていると、当クリニックを訪れる患者さんに一つの傾向があることが判明した。ほとんどの方が美容医療を経験するのが初めての方ばかりである。つまり、これまで気になる美容上の問題点があっても、既存のイメージによる敷居が高く、踏み切れなかった方々なのだ。実際、当クリニックで治療を行っても、その変化はその方々が若い頃に備えていた美しさを取り戻す程度までしか起こらないので、誰にも気がつかれない事が多いらしい。一般的な美容クリニックに比べると、その内容は保守的であるものの、変化の少ない治療のニーズがあることも事実で、当クリニックはそこに存在価値があると思っている。 時代は少子高齢化を迎え、人々の物を見る目が肥えてきたせいか、どの業界においても質の高いものが求められようになっている。医学の世界も当然で、ついこの間は医師が上から患者を診るという姿勢であったが、今ではそのスタイルは通用しない。あくまで、医師はプロとして提供出来る知識に基づいた選択肢を与え、患者さんとともにその選択肢の中から良い答えを探すという姿勢が大切である。この姿勢は美容医療などサービス業と見なされる事業に従事する者にとって必要不可欠となっている。医療は日進月歩、これからはナノテクノロジーなど革新的な技術が導入されルコとが予想される。"勤勉は幸運の母"ということわざがあるが、このことわざを肝に命じて、僕も常に勉強を続けてゆく決意だ。

銀座CUVOクリニックが代表する、メスを使わない治療 
目の下のたるみ治療
目の下のくま治療
老化に深く関与するダイエット アンチエイジング医療は日進月歩で進んでいる。最近では男性雑誌にも“アンチエイジング”の特集がされるようになり、ついに性別を問わずこの医療が一般的になってきた感がある。アンチエイジング医療にはさまざまなアプローチがあるのだが、ダイエット(太らないこと)はアンチエイジング医療の中で、最重要項目の一つに上がる。 加齢とともに、我々の体の代謝は落ちてゆくので、若い頃と同じ量の食事をしていると、少しずつ太ってくることが多い。何故なら、太りだすと体内の細胞レベルで負担がかかり、老化を早めることとなる。さらに肥満は糖尿病、高血圧の直接的原因になり、寿命をも縮める。しかし、便利になった現代社会でダイエットを成功させるのはなかなか難しい。車、エレベーターやエスカレーターがあるから、普段の生活の中で運動を行うことは、よほど意識的に行わない限り難しくなっている。 よく食べるのは健康な証拠? 中国では“こんにちは”という挨拶の代わりに“ご飯は何を食べましたか?”と聞くらしい。香港に滞在したとき、飲茶をごちそうになった。次々に出てくる料理を調子に乗って食べていると、まわりの香港人たちから「こいつはよく食べるやつ。」と思われた。そのうちに残った食べ物が、全て僕の所に回ってくるようになった。それでも頑張って平らげていると、いつの間にか人気者になっていた。中国では“よく食べる。”ことが元気な証拠で、そういった人間が意外にも評価される。 想い出してみると、学会で北京に行ったときもそうだった。中国人の先生が、僕たちをもてなすつもりで、次々と料理を頼むので、僕たち日本人たちは「もう、それくらいで十分です。」と言った。すると、その中国人の先生は「何を言ってるんですか。料理はこれからです。いいですか、男は金銭欲、食欲、性欲の3つを持ち続けることが成功の秘訣ですよ!どんどん食べましょう。」と答えた。確かにその中国人の先生の食欲は凄まじいものがあった。こうなったら、僕も彼に負けない勢いで出されるものをとことん食べることにした。中国で本場の中華料理を食べると、実に様々なものが出てくる。かりかりにローストされたサソリまで出てきたが、これを食べると元気になると言われ、ためらいなく食べた。カエルなど、“ぎょっ”とするものも次々に出てくるのだが、どんどん食べていると、「あなたはよく食べますね。もっと注文しましょう。」と言われてさすがに慌てた。どうすれば料理を止めることが出来るのか、知人の中国人の先生に聞いた所、「箸を置かない限り、料理は出てきますよ。もう食べるのをやめたらいいんです。」と言われ、なるほどと思った。 ダイエットの原則 要するに、物を食べない(絶食)ダイエットは体に良くないことが、中国では長い歴史の間に証明されているのだろう。“よく食べるけど、太らない”これが健康な証拠となる。では、どうすればよいのだろうか?答えは簡単。 1.食べたカロリーは運動等で消費すること。 2.食事以外の間食で余計なカロリーを取り入れないこと。 3.炭水化物を減らして、野菜などの繊維の多い物を積極的に食べること。 これらの鉄則を守ると、確かにたくさん食べても太らないし、なんと言っても食事は楽しいので、人生が明るくなる。 痩せの大食いは本当? クリニックで働いていると、昼ご飯を食べる暇がとれない。最近、僕の昼ご飯は生の野菜スティックや、フランスパンにチーズをのせてつまむ程度にしている。朝はさらに軽く、果物をつまむ程度なのだがその分、夜はとてつもなく食べる。先日僕の親友、ノーマンとステーキを食べに行ったが、僕の食べる量にさすがのノーマンも目を丸くした。ノーマンは身長、203cm、体重、160キロの元カナダ、ラグビー・ワールドカップ代表のキャプテンだった。それなのに、僕のようなチビが彼以上に食べるので、「お前は豚みたいに食うねぇ!」と驚くのだ。しかし、現実的には痩せている方が、ノーマンのように体格の良い人間より、たくさん食べることが出来る。痩せている方が、胃が大きく広がるスペースが体にあることがその理由である。 ニューヨーク・コニーアイランド、ここはホット・ドッグ発祥の地であるが、ここでホット・ドッグ大食いコンテストで毎年優勝するのは、巨漢のアメリカ人ではなく、痩せている日本人なのだ。振り返ってみると、僕と一緒に大食いをしているうちにみるみる太ってゆく友人が過去に何人もいた。肝心なのはただやみくもに食べるのではなく、常にカロリー、食べ物の種類などを考えながら食べることが重要だ。 “コンビニ弁当”について このクリニックには僕を除いて、職員は20代の独身女性がほとんど。彼女たちの年齢は、僕より一回り以上若いのだが、少し心配なことがある。それは彼女たちの食習慣だ。僕が若い頃にはセブンイレブンなどのコンビニはあまり一般的ではなかった。小さな商店はあったものの、そこで昼食を買うことはなかった。しかし、彼女たちの昼ご飯はみないわゆる“コンビニ弁当”だ。クリニックの近くにコンビニがあるのがその主な原因であろう。“コンビニ弁当”はそれなりに美味しく出来ているが、食べ物しては欠陥品と言わざるを得ない。それはカロリーばかり高く、消化を促進する繊維質、ビタミン類、マルチ・ミネラル等が不足している。さらに食品保存料や着色料などの有害物質が含まれている。“コンビニ弁当”を彼女たちが食べるのは、小さい頃から身近にコンビニがあったから、いつの間にか習慣となってしまったのだろう。職員の中にはアトピー体質の女性もいるが、このような保存物質の多い“コンビニ弁当”を、もし小さい頃から食べていたとしたら、アトピー体質となるのもいた仕方がない。僕の場合、“コンビニ弁当”は食べ物として認めておらず、どんなにお腹がすいても食べないので、いたって健康だと言える。 便利な生活に潜んでいる危険とは? 車、コンビニ、テレビなど現代社会の我々の身近には便利なもので溢れている。しかし、便利なものに安易に身を委ねることほど、危険なことはない。それは我々が消費(現代資本主義)社会の犠牲となっていることに気がついていないだけだ。最近の若者が感情をコントロールできなくなり、平気で人を殺したりするのも、ファースト・フードによる必須ミネラル不足とテレビゲーム中毒による大脳前頭葉の機能障害がその主たる原因と言われている。おいしい食べ物が何なのか?、人生の幸せが何なのか?簡単と思われるこれらの答えを出すことが実際は難しいというのが現代社会の問題点ではなかろうか。
クリニックの移転 昨年の4月に開業し、駆け足で1年が過ぎ去った。昨年の11月には銀座5丁目並木通りのマックス・マーラビルから銀座7丁目中央通りにクリニックを移転した。その理由は、マックス・マーラビルが手狭になったことと、丁度タイミング良く、歯科クリニックがこの物件をそのまま引き継ぎたいという申し出があったためだ。開業してから移転の最初の半年は毎日をこなしてゆくのが精一杯で、半年後に移転したのはさすがにしんどかった。移転から半年が経過し、ようやく当クリニックも落ち着きを見せ、安定軌道に到達した感がある。これも当クリニックにお越しいただいた皆様のおかげであり、感謝の念が極まらない思いである。 開業医のプレッシャー たった一年の間であるが、この期間にさまざまなことを経験した。一番大切なのはこのブログにも何度も書き綴ったが、とにかく誠実に仕事に取り組むことだ。いい加減に仕事をすると最後には必ず自分の首を締めることなる。これは開業医にとっては一番不味い。開業医は自分の全責任下において、治療行為を行っているため、ミスを起こせばそれは全て自分に降りかかってくるし、言い訳は許されない。勤務医の場合、そのクリニックが自分には合わないと感じれば、また別のクリニックに移ることも可能であるが、自己資本でクリニックを構えてた開業医は、上手く行かないからと言って、その場を立ち去る訳には行かない。 病気ではなく、生活の質の向上(容姿の改善)のために高額の料金を頂き、治療するのは僕自体にとてつもないプレッシャーがかかる。お客様が満足のゆく結果を出して当然であり、常にパーフェクトな結果を出し続けなければいけないからだ。そうなると必然的に主体的に行う治療は自分の得意なこと、僕の場合、それは目の周りの治療(アイデザイン)となる。プロとしてこの仕事を選んだ以上、プレッシャーがかかるのは当然だし、避けては通れない。逆にこのプレッシャーによって、僕はこの一年で随分、人間的にも成長出来たような気がする。毎日、何よりも大切なお客様の顔を治療するにあたり、僕自身の体調を厳重に管理しなければならなくなった。勤務医の頃は家が六本木に近いこともあり、友人に誘われると軽い気持で飲みに行ったものだ。しかし、開業してからは平日は家に帰ってくると、友人に誘われても飲みに出かけることはぱったりとなくななった。翌日の仕事を考えると、飲みに行く気にすらならなくなったので、我慢しているつもりは全くない。しばらくすると、昔の飲み友達も僕が毎回のように断るので、いつの間にか誘われなくなった。気がつくと付き合う友達も変わって、今では飲みに行く代わりにジムに一緒に行く仲間が友人となった。比較するのはおこがましいかもしれないが、イチロー選手や松井選手もシーズン中は規則正しい生活に心がけてと思う。何しろ、成績が全ての世界に生きていると、仕事があるのにうかうか飲みになんか行っていられるはずがない。 苦労を要した開業までの経過 開業して反省をしなければいけない点も多々ある。ゼロから始めた開業で、上手く行くかどうかは全くの未知数だった。あまり、計画性のある性格をしていない僕は虎視眈々と開業の準備をしていた訳でなかった。思いつきとは行かないまでも、友人からのアドバイスを受けて「よし、やってみるか。」とう感じで思い立った。北海道での研修医時代に貯めたお金を元手に計画を立ててみたが、その程度のお金では家賃の保証金と内装費で消えてしまうことがわかった。さらにその倍のお金が必要であるという厳しい現実を突きつけられた。どのようにお金を工面するべきか友人に尋ねた所、「やはり家族などの身内から借りたり、親を保証人にして銀行からお金を借りるべきでは。」との助言をもらった。普通のサラリーマン家庭の親には、息子に貸すお金なんかあるはずがなかった。では父に保証人担ってもらえるかと頼んでみると、「そんな大それたことを考えるなんて、馬鹿げている。開業したいのであれば、全ての資金を自分で貯めてからやりなさい。」と断られた。僕はこのタイミングを逃して、お金が貯まった数年後に開業するのは遅すぎると判断し、「やるなら今しかない。」と確信した。しかし、実績のない人間にお金を貸してくれるほど優しい銀行があるほど、世間は甘くない。しばし途方に暮れた。様々な方法を模索していると、国民金融公庫や、信用保証協会という組織が、僕のように保証人もいなく創業する人間の味方をしてくれることを知った。必要書類をかき集めて、これらの機関に相談すると、なんとかぎりぎりで必要なお金を借りれることがわかった。これらの機関は僕にとって、まさに救世主だった。これらの機関に心から感謝の気持を感じる。 お金を借りた時点で後ろには引けなくなった。起業の面倒を見てくれた友人に「僕の開業、本当に大丈夫だと思う?」と相談した所、「それはやってみなきゃわからないけど、男だったら一度は勝負してみるべきだよ。命を取られる訳じゃないんだから、やってみるべきた。」と励まされた。彼は随分前に自ら起業し、成功を収めているだけに説得力があった。「そうだよ。万が一失敗したら、勤務医としてコツコツ働いて、借金を返せばいいだけさ。」と自分に言い聞かした。 開業一年での反省点 銀座の近くで勤務医をしていた僕には、いわゆる“リピーター”と呼ばれる馴染みのお客様たちがいた。これらの方々に一人でも新規クリニックに来ていただきたいと慌てた僕はそちらのお客様たちに、開業の案内状を出したのだ。これがまずかった。個人情報保護法では、患者の情報を医師が勝手に外に持ち出してはいけない。前に働いていたクリニックに迷惑をかける結果となってしまった。この点に関して深く反省している。 もう一つ反省していることは、開業してから今年の2月いっぱいまで、当クリニックでの治療に関して、投薬や受診料に一部健康保険を用いたことだ。これは解釈によって、決して不正ではないのだが、美容医療のような自由診療にはどんな形であっても用いるべきではないのだろう。この点について、社会保険庁に問い合わせた所、「誤解を招く恐れがあるので、美容目的で行った治療に関してはあくまで保険外で診療を行うべき。」との返答があったため、3月からは完全に保険外診療とした。“患者様に少しでも負担を少なく。”という思いと、開業したてで経営的に一刻でも早く安定させたいという焦りから生じた過ちであり、深く反省している。今後はこのような過ちを繰り返すことのないよう、肝に命じて診療を行って行きたい。 2年目に向けて思うこと。 当クリニックもおかげさまで2年目に入った。診療に誤差が生じないよう、全ての患者様の診療に関して僕自身がカウンセリングから治療、そしてフォローアップまで行うように心がけている。もし、気に入らないことがあれば、最大限の努力をして満足してもらうまで治療に専念している。その甲斐あってか、当クリニックにおける目の周りの治療には予約から約一ヶ月お待ち頂いているようだ。この点に関しては先ほど申した通り、一人一人に対して、僕が最善の治療を行うために、どうしても待っていただければならないことをご了承願いたい。僕の行っている治療が多くの方々に必要とされていると思うと感無量だし、苦労して開業まで漕ぎ着けて本当に良かった。僕がこの世に生まれてきた意義すらを強く感じる。
最新の美容医療 先日六本木ヒルズタワー、最上階にて第91回日本美容外科学会が開催された。この学会は年に2回行われるのだが、最新の美容医療に関する知識を得るため、多くの美容関係医師が集まる。今回は150人近くの医師が一同に集まった。最近のトレンドとして、やはり注目を集めるていたのは“切らない治療”の数々だ。メスを使わないので傷跡を残す可能性がないこと、ダウン・タイム(社会復帰までの時間)が短くて済むことなどから、“切らない治療”が今後の美容医療の中心となるのは間違いない。 美容医療機器の進歩も凄まじい。サーマクールは他の多くの機器にみられるような、一時の流行の後に消え去ってしまうようなものではなく、十分効果のある治療として認知されてきている。その他にフラクセルという新しい機器が注目を浴びている。これはレーザによって、皮膚に微細な穴を無数に開けて、皮膚の新陳代謝を計るものだ。業者のキャッチフレーズでは“皮膚を入れ替える”のだそうだ。これもかなり効果のある機器として今後の分析が待たれる。また、ウルトラシェイプと呼ばれる、超音波を用いて脂肪分解を促す機器も今後の発展が期待されている。 今回の学会を見る限り、美容医療は少子高齢化の時代の変遷とともに、従来までのいわゆる“美容整形”から“切らない安全な治療”に様変わりしてきた。それは、これまで発表の中で一般的だったメスを用いた治療報告が激減していることからも良くわかる。一般外科領域でも従来のように大きく切開して治療するのではなく、内視鏡を用いて出来るだけ傷を小さくする低侵襲治療が主流となっているらしい。 ルネ・デュクロー医師 今回の美容外科学会の会長は東京スキンクリニック院長のルネ・デュクロー医師だった。デュクロー医師は大変ユニークな経歴を持つ。妻で医師の岡部夕里医師とともに美容皮膚科、美容外科治療を行っている。岡部夕里医師は東京外語大学仏文科を卒業してからオランダアムステルダム大学医学部を卒業し、日本とオランダ両国の医師免許を持つ才女だ。デュクロー医師もアムステルダム大学を卒業した後、日本の医師免許を取得し、現在は日本語でも診察を行っている。デュクロー夫妻はかって、十仁病院に勤務していたことがあり、僕の先輩格の医師たちである。東京スキンクリニックは夫妻共々英語を始め、さまざまな言語を操れるので、その患者さんの実に8割以上が東京に住む外国人だと聞く。このような差別化を計って、ビジネス的にも成功している。都内で美容医療を成功させたいのであれば、そのクリニックならではの“何か”(差別化されるもの)を持つ必要がある。 美容医療の普遍的なテーマとは? どんなに医療が進歩しても変わらないのが、医療に対するコンセプト(概念)である。美容医療の場合、他の医療と違って病気を治すというより、人を幸せにする特殊な医療と言える。今回の学会長、デュクロー医師は“美しさ”とは何かという、美容医療の根本的テーマについて講演を行った。その内容は『“美しさ”は美容医療をはじめ、自然の中やさまざまな所に存在する。“美しさ”とは人々の感覚的に訴え、感動を呼び起こす、まさに“生きる喜び”である。』という内容であった。さすがヨーロッパで生まれ育ったデュクロー医師は、美容医療に携わる我々医師たちが、“美しさとは何か”ということを、常に意識し続けることの大切さを気がつかせてくれた。ともすれば、“お金儲けの安易な手段”と考えられがちな美容医療であるが、そう思われるようであってはいけないと思う。美を扱うプロとして、“美しさ”とは何かを常に意識しながら、自分の方法で具現化したものを自信を持って提供すること、そして、それが人々の感動を呼び起こせるものでなければ、この分野において長期的に成功することは極めて難しいだろう。 ここに本文を記入してください。

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