GINZA CUVO

アンチエイジング診療の外―8(香姫園のとり煮込みそば)

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銀座の時間 銀座には銀座特有の時間がある。朝10時頃、中央通を歩いてもまだ店のシャッターは閉まったままだ。まだ街は眠りから覚めていないような状態だ。シャッターが開いて、街に人が出てくるのは11時くらいからになる。週末の歩行者天国は12時に始まるが、他の場所と比べると始まるのが遅い気がしてならない。それに合わせて僕のクリニックも営業時間は11時開始で、終わるのは夜8時と遅い。仕事帰りのOLさん達は6時過ぎにスキンケア的なことをやりに来て、この時間帯は多忙となるためこのような営業時間帯となる。 仕事を終えて帰って食事でもと思う頃には午後9時をまわることも少なくない。僕の自宅は日比谷線六本木駅から歩いて10分くらいの場所にある。こんなに遅くになると、家に着くまで我慢出来ずに外食する衝動に駆られる。北海道で地方の病院で働いていた時は選べる店は数件しかなかったので、何も困らなかった。だが、六本木駅の周りには見渡す限り飲食店だらけなので選ぶのが何より大変で、悩んでいるうちに一体何を食べたら良いのかさえ分からなくなる。そうなると店で選ぶのではなく、とにかくこの辺りで過去に美味しかった記憶のあった食べ物を必死に思い起こすしかない。 六本木の老舗中華料理店 僕が十仁病院に勤務していた頃、梅沢院長とはよくこの辺に外食に来たものだ。特に、海外で学会が終わった後に成田空港に到着して、東京までの帰り道に梅沢院長は「あー、お腹がすいたな。お前、何食いたいんだ?」と僕に聞いてきた。僕は「さんざん肉は食べたから、何かあっさりしたものがいいんじゃないですか?」と答えた。梅沢院長は「じゃー、六本木でとり煮込みそばでも食おう。」と言った。このとき初めて六本木にある香姫園のとり煮込みそばを食べた。梅沢院長によると香姫園はもう何十年も前からある六本木でも有名な老舗の中華料理店で、梅沢院長が若い頃は頻繁にこの店のとり煮込みそばを食べていたらしい。僕の想像は鶏肉の入ってあっさりとしたかしわそばのようなものだろうと思ったのだが、実際には中華料理特有のラーメンのような麺に、鶏ガラをしっかり煮込んだスープだった。思わず僕は「このそばのどこが、あっさりしてるんだろうか?」と梅沢院長に言いそうになったが、黙って食べてみるととりのだしがたっぷりとでていて思いがけず美味しかった。それ以来、このとり煮込みそばのことが忘れられなくなり、六本木に行く時は機会があれば食べていた。 東洋人の味覚 何故この味が美味しいのだろうと思い起こしてみた。今から10年前、ニューヨークに留学していた頃、貧しい学生だった僕は格安の中華料理屋さんで食事をすることが多かった。誰も知人がいないこの街に暮らすことになったひとりぼっちの僕は友達を作るのに苦労した。ニューヨークのような大都会ではエイズや暴力犯罪などが多く、見知らぬ他人が友達になることは考えられない。同じ職場や友人の紹介を通して友達が出来る。僕の研究室には日本人と中国人の研究者のみで、ニューヨーク在住の人間が居なかったので、職場を通じて友人を作ることは出来なかった。しばらく経ってようやく友達が出来たのだが、それは隣の研究室にいた同年代の香港出身の医師だった。彼は米国で医師として働いていたものの、やはり米国ではよそ者なので同じ境遇の僕とはすぐに仲良くなることができた。研究が終わって夜になると、二人ともお腹をすかせていたので、よくチャイナタウンに食事にでかけたものだった。彼が広東語で話して出てくる裏メニューには普段食べたことのないような料理が出てきて、とても美味しかった。ある夜、彼から電話が来て「チキンヌードルを作ったから食べにこないか?」と誘われた。お腹を空かしていた僕はすぐに食べに行った。この味が六本木で後年食べることとなったとり煮込みそばの味だったのだが、とても美味しく感動した。その時言った香港人の言葉が忘れられない。「このとりのスープは東洋人の味覚にぴったりマッチするんだよね。でも西洋人にはこの美味しさがわからないんだよ。」と。この時僕は同じ東洋人として生まれた人間の連帯感みたいなものを強く感じた。 ビジネスの原理 あれから10年経ってもいまだにその味が忘れられなく、このとり煮込みそばのお店にたびたび足を運ぶようになった。このお店に来るたびに気がつくことはいつこのお店に来ても客足が途絶えないことと、どのお客さんも僕の大好きなとり煮込みそばを頼んでいることだ。僕は‘はっ’と気がついた。「なるほど、このお店にはみんなこのとり煮込みそばを食べにきているのか!」と。とり煮込みそばは一人前頼むと通常量と比べると2人前なので二人でいってこのメニューを頼むとあとは春巻きやマーボ豆腐をたのむとお腹いっぱいとなる。つまり、二人で行ってビールや紹興酒を頼んでお腹いっぱい食べても1万円を超えることはないように値段が設定されている。これを読んでいる方は気がついただろうか?これが六本木のような飲食店激戦区で何十年も生き残る戦術であることを。つまり、下記の条件を満たすことがロングランでビジネスを成功させる秘訣だ。 1.他店と差別化される切り札的な一品を持つこと。(この一品を持つことで他の品目も必然的に売れる。) 2.また訪れてもいいなと思わせる(リピーター化させる)良心的な価格帯であること。 業態は違ってもサービスを売りにしている僕のビジネスもこれらの条件を満たさなければ、銀座の様な激戦区で生き残ってゆくのは難しい。 そんなことを考えながら僕は今晩の注文を「いつもので御願いします。」と言うと、中国人の店員は当たり前のように「はい。」とにっこりしながら返事をした。

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