GINZA CUVO

2005年9月アーカイブ

美に対する女性の飽くなき欲望 女性は一日どれくらい鏡を通して自分を見ているのだろうか?女性の一日は化粧をすることから始まる。仕事に行っても、その後の食事に行っても化粧が乱れていないかも確認するたびに鏡に覗き込むのに違いない。寝る前はお風呂から上がって、スッピンの自分を眺めては素肌の状態を確認する。乾燥肌の場合は保湿剤や乳液をまめに塗りながら、やはりじっと自分の顔を眺めている。きれいな人は心の中で「私ってどうしてこんなに美しいんでしょう」と自分の美しさにほれぼれしながら自分の顔をいつまでも眺めているのだろう。自分の顔に何かコンプレックスがあれば、なんとかそれを解消しようと懸命になる。残念ながら、前者のように自分の顔に見とれるような完璧な容貌をした人は滅多にいない。一般的に美人と言われる人でもいくつかの欠点があって当然で、欠点を持たない顔のほうがむしろ不自然だ。確かに顔には美しさの絶対的基準がある。顔のバランスがある基準に当てはまっていることが重要だ。しかし、その基準にぴったりとした顔は面白みにかけていて、むしろその基準から少しずれているほうがその人の個性としてとらえられやすい。芸能人にしても完璧に整った顔より、ちょっと口が大きかったり、目が垂れているような特徴を持っている人の方が成功している確率が高い。その方が人の印象に残りやすいからだろう。我々美容外科の仕事はその人それぞれの外見的魅力を最大限に引き出すことであって、単にバランスの良い顔を作るわけではない。 毎日の診療の中でいつも気がつかされるのは女性の美しさに対する計り知れない欲望だ。その欲望はおそらく男性に理解することはできないものだろう。僕のクリニックを受診する多くの女性は、一般的に見ると美容外科に来る必要なんか全く必要のないくらい美人な方ばかりだ。ではどうしてこのような美人女性がやってくるのだれろうか?その答えは至って単純だ。美人女性は美しさの価値を実感しているために、さらに美しくなることに情熱を費やしているのだ。逆に美しくなることに価値を見いださなければ、美容外科ほど意味のない医療はないことになる。僕は数々の女性とのカウンセリングを通してこの事実を知ったのだが、それを知るのは美容外科医、美容師、デザイナー、カメラマンなど、特殊な職業につく男性だけかもしれない。美容外科医として成功するにもこの女性の美に対するこの飽くなき要求に共感できなければならない。 とても高い美人の美に対する感性 今日も40代の美しい女性が当クリニックを訪れた。顔立ちのはっきりとしたキャリアウーマンだ。彼女は外見上の美しさのみならず、内面から知性的な雰囲気が漂っている。一見見る限り、僕が何か手出しをして美しく出来る所があるか迷うほどだ。彼女の悩みは目の周りのくまだ。一般の女性の悩むくまに比べるとほとんど目立たないといっていい。たまたま僕のクリニックで目の周りのアンチエイジング治療を専門的に行っていることを知り、受診したのだ。他のクリニックで「それはくまではないから気にしないほうが良いし、直す方法もありません。それよりもほほのたるみをなんとかした方が良いのではありませんか?」と言われたらしい。しかし、彼女の美に対する観察力は正しかった。彼女の顔をよくよく覗き込むと確かに目の下にくまらしきものが存在した。僕は「はい、本当に少しですが、目の下にくまがあります。普通の女性でしたら気にしない程度でしょうけど。」と説明した。彼女は「でも私はこのくまを十数年前からずっと悩んでいて、もの凄いコンプレックスなんです。」と言った。さらに「なんとかこのコンプレックスを解消したいのですが、何かいい方法がありませんか?」と続けた。僕は「はい、大きな変化は望めないかもしれませんが、今よりくまを目立たなくすることは可能です。」と伝えた。彼女は思わず、はっとした表情をして「では是非、御願いします。」と答えた。 この治療は当クリニックで日常的に行っている目の周りのくま改善治療だが、彼女の場合、大きな変化は望めないものの彼女の美意識を満足させる結果は間違いなく残せる方法だ。この治療によって彼女の長年の悩みが解消出来れば、美容医療も他科の診療科目と同様、人のためになる医療行為の一つなのだ。 彼女は長年のコンプレックスから解放されることで、今の美しさが自信に裏打ちされ、さらに磨きがかかったものになるだろう。僕はこれからはどんな小さなくまも見逃さないように心がけようと誓った。

銀座CUVOクリニック目の下のくま治療について

銀座CUVOクリニック目の下のたるみ治療について
アンチエイジング治療の効用 当時の僕は北海道の地方病院に泊まり込んで、整形外科研修に日々追われていた。朝は午前中八時半から診療が始まった。まず、受け持ち患者約60人の回診が始めるが、術衣とよばれる緑色のユニホームを着て、一人一人の状態を診察する。時間がないため、病室から病室へはほとんど駆け足で移動していた。頭を使うというよりは次から次へと仕事をこなす体力勝負の毎日だった。回診が終わり一段落つくと次は外来診察が始まるが、その前に医局で一息つきながら朝のサプリとコップ三杯ほどの水をがぶっと飲んだ。サプリはクロレラ、CoQ10、マルチビタミンなどアンチエイジングの教科書に出ている中で,僕に取って不足気味なものを中心に飲んだ。アメリカ映画でバスルームの棚から大量のサプリメントを取り出して口に入れるシーンがよくあるが、僕も同じようなライフスタイルが始まって、密やかに嬉しかった。 一ヶ月後から、なんとなくではあるが体調が良くなっているような気がした。それまではお酒の二日酔いがひどかったが、多少飲んでも平気になった。アンチエイジング治療をする前より体が軽くなった感じもした。これを契機に僕は診療が終わる6時頃から近くの山をマウンテンバイクで登ることを日課として取り入れた。標高差300メートルくらいの小さな山だったが、頂上にあるスキー場のロッジまで片道15分かけて登った。この日課を3ヶ月くらい続けていると、ますます体調が良くなってきた。理由は簡単だった。水、サプリ、有酸素運動によって体の新陳代謝が良くなったからだ。僕のマウンテンバイクはハワイに行ったときに本格的なものを買って、一緒に持ち帰った。日本で買うと同じ製品が倍以上の値段がついていたからだ。このマウンテンバイクは大変軽量に出来ている上に21段切り替えがついていたので、どんな急斜面でも楽に登ることができた。車はたまにしかすれ違うことはなく、北海道の東に位置するこの山から見下ろすオホーツク海の景色はなんとも雄大だった。 出来るだけ早死にしないための決意 自分が医師であることから、今自分の体の中で何が起きているのかわかっているだけに、アンチエイジングはとても興味深いものとなった。特に自分の体の中で直接実感出来るため、その意欲はさらにエスカレートした。これほどまでに効果があったのには理由がある。ただサプリメントを飲むだけではこれほどはっきりとその効果を感じることはできない。水を飲むことと有酸素運動をすることを同時に行うことで相乗効果を得ることができるのではっきりと実感することが出来るのだ。 これまでの医療は病気になってから、それを治療するに過ぎなかった。良くても年に一回の健康診断を受ける程度で、自分自身を今以上に健康的にすることに注意を払う人はほぼいない。しかし、アンチエイジング医療ではほんの少しのことをきっかけに健康状態の改善、さらに若返りすら可能なのだ。人間の寿命は遺伝子レベルで調べると理論的には120歳まで生きられるらしい。僕は長く生きることにそれほど興味はないが、生きている限り出来るだけ健康でありたいと常々思っていた。このアンチエイジング医療を始めることで、この誰しもが願う健康への夢を手に入れる大きなチャンスをつかむことが出来る。では、アンチエイジング医療を行い続けた結果、人間はどのように死に至るのであろうか?それは海を渡るカモメを例にとるとわかりやすい。カモメは子供のカモメも年寄りカモメもみな一緒に飛び続けている。真っ白い毛で覆われていることもあって、外見では歳を推測することができない。しかし、年寄りカモメはある時ぱたっと海の上に落ちて死んでしまうらしい。まさにこれこそ理想的な死なのだ。 人間の場合も寿命に達する直前まで元気に生活していながら、ある時心臓が止まっていつの間にか死んでいたというのが理想なのかもしれない。 人は不摂生を続けていると、寿命を全うする前に癌や脳梗塞、心筋梗塞などの恐ろしい病気にかかることが多い。いわゆる人の死の三大原因だ。これらの病気にかかると、残念ながらつらく苦しい闘病期間が続き、最終的に死に至るという最悪の結果を招くことが多い。普段から自分の体を健康的に維持することがいかに重要であったか、病気になってから気がつかされるのが大方の人間だ。僕は決してこれらの恐ろしい病気にかからないことを、このアンチエイジング医療との出会いをきっかけに固く心に誓った。
大切にすべき一人一人の顧客 最近、我がクリニックも目の美容治療の患者さんが多く、仕事に追われる日々が続いている。午前10時頃に銀座に来てみるとわかるが、大半の店舗がまだシャッターを閉じたままだ。当クリニックの開院時間もこの銀座の足並みに合わせて午前11時から開始し、診療を終えるのは午後8時となる。今日も夜7時近くになり、そろそろ後片付けに入っている頃一本の電話が鳴った。受付スタッフが僕に「先生、これから見てほしいという患者さんから電話が入っています。どうしますか?」と言った。僕は当クリニックが完全予約制で営業しているので“ えっ?”と思ったが、「その患者さんの用件はなんだと言ってるの?」と聞き返した。受付スタッフは「中国人の方で、中国で数週間前にほほのたるみ取り手術、いわゆるフェイスリフト手術をしてきたのだが、傷口が化膿しているらしいと言っています。」と答えてた。僕は「そうか、よそでやってきた患者なんだ、えーっと。」と少し考える時間をもらった。僕に責任のある患者ではないので、僕が関わることによって、変なトラブルに巻き込まれたくないし、もう今晩は仕事を終えて家に帰ることが出来ると思っていたので、正直面倒くさいと思った。電話のむこうには中国人の患者が待っていた。僕は5年前まで携わっていた救急医療の記憶を思い起こした。救急医療の現場で患者を選択することは出来なかった。たとえそれがどんな患者であろうと、困っているの場合は救いの手を述べるのが医師の使命なのだ。僕は受付スタッフに「うん、わかった。受け入れよう。」と答えた。 患者は中国人の女性で30分後に日本人男性に付き添われてやってきた。ほとんど日本語が話せないため通訳が必要だったのだ。話を聞くと数日前から切開した部分が急に痛みだしたらしい。ほほの左側をみると傷口の一部が赤くなり炎症を起こしていた。傷口を消毒しようとするとこの女性はとても痛がった。これは手術後の感染症の所見と間違いなかった。治療には抗生物質の点滴と内服薬が必要だった。この患者に抗生物質の点滴治療が最低で3日間必要出ることを伝えた。日本人の男性は僕のクリニックでこの中国人の患者を受け入れたことにとても感謝していた。何故なら、開業して間もない僕のクリニックで診てもらえるまでに20件近くの病院に電話をしたのだがすべて断られたらしい。特に美容系のクリニックでは他院でやったものを診ることは出来ないと軽くあしらわれたと僕に告げた。確かにあまり売り上げに貢献しないこのような患者を受け入れるのに好意的でないのは僕も理解出来た。しかし、どこかで治療しなければこの患者は痛い思いをし続け、最悪の場合もう一度傷を開いて治療することにもなりかねない。1時間程度の治療を終える頃、僕は明日もこの患者さんに来るように5時に受診するように伝えた。 翌日5時になっても患者さんは現れなかった。どうしたのだろうと気にしながら他の患者を治療していると、7時頃になってようやく僕のクリニックにやってきた。到着するや否や、「2時間迷ってようやくたどり着いた。」と僕に告げた。今回は一人で来たため、慣れない銀座で迷ったらしい。状態を診ると昨日より症状はだいぶ良くなっていた。このまま点滴を行えばすぐに良くなることが予想出来、一安心した。 間もなく彼女の友人の身なりの良い中国人女性が、彼女を迎えに僕のクリニックに現れた。彼女はクリニックに着くと、彼女は美容医療に興味があると見えて矢継ぎ早に美容関係の質問を僕に投げかけてきた。治療内容や料金を伝えると、この友人の女性は治療の予約をすかさず入れた。僕は「なるほど!」と思った。この感染症を起こした患者さんが、僕のクリニックのことを友達に伝えてくれたのだ。女性の口コミは強力な宣伝ツールであることは揺るぎないのだ。他のクリニックが見放した患者を僕が引き受けたことで、あらたな顧客につながったのだ。昨日の夜、電話が来た時に断ることは簡単だった。しかし、僕はその時一呼吸を置いて、過酷だった研修医時代のことを振り返り、医療の本質は困っている患者を助けることを思い出したのだ。この二人の中国人女性たちは僕のクリニックのパンフレットを他の友達に紹介すると言って、たくさん持って行ってくれた。僕は患者と医療の両サイドがお互い感謝できるこのような関係が最良であると実感した。今晩も帰りがけに電話が鳴った。突然蕁麻疹が現れ、かゆくてしょうがないので診てほしいという患者だった。僕は受付スタッフに「もちろん、診るよ」と喜んで答えた。
健康に対する意識が低い日本人 体を健康に保つには適度な運動、十分な睡眠、バランスの良い食生活であることは誰しもが耳にたこが出来るほど聞いたことがあるだろう。しかし、実際にそれが出来ないのが僕を含めて普通の人間の性質だ。特に日本人は自分の体に対してのコンセンサスが低いと言われる。西洋人たちは確かに日本人に比べると自己意識が高いと言える。歯並び一つを例にとってもそれを物語っている。西洋人たちは物心ついた頃から歯の矯正を始め、きれいな歯並びが人生の成功への条件であるかのように重視している。日本人は歯並びなどをそこまで重視する人は現在でも稀だ。体の健康に関しても先ほど述べた健康的な生活を心がけることに西洋人ほど気を使わない。会社で定期的に行われる健康診断を受けて、コレステロールや中性脂肪が高いと言われてもそのまま放置する人が少なくない。そして具合が悪くなってから病院にかかる人がほとんどだ。問題なのは人間の体は相当頑丈に出来ていて、かなり健康状態が悪くならない限り症状が出ないことだ。 例えば働き盛りのサラリーマンが、コンビニ弁当と清涼飲料水を飲み続けて気がついたらおしっこが妙に泡立ち、甘い匂いがし始めているのに放ったらかしていた。そのうち、妙に疲れやすくなりのどが乾きやすくなってきたが、仕事が忙しいからとそれでも働き続けた。ここまできても普通の人が自分が糖尿病になっていることに気がつかない。この状態を放置しておくと、ある時目がかすみ、いよいよ病院に行くと糖尿病であることを知らされ、ショックを受ける。ショックを受けるだけならましだが、糖尿病性網膜症といって、かすみ始めた目が見えなくなり、失明してしまうこともある。こうなってからではもうどうすることもできない。僕の場合もこのサラリーマンの場合と一緒で、外科研修医としての多忙な日々のうちに健康が損なわれ始めていた。 アンチエイジング治療へのきっかけ 僕が強烈な印象を受けたアンチエイジングの教科書には人間の寿命は120歳にデザインされていると書いてあった。老化を早める要因をすべてなくすことが出来れば本来ある120歳の寿命をまっとうできるはずなのだ。僕は早速この教科書に書いてある基本的な治療を始めた。まず始めたのは一日2リットルの水を飲むように心がけた。体の中には老廃物が溜まりやすい。この老廃物を体から出来るだけ排出するには水をいっぱい飲んで汗や尿から出すのがよいとのことだった。水をあまり飲まない人と一日2リットル以上飲む人では膀胱癌になる確率が7倍ほど違うらしい。このことからもたっぷりと水分を取って、代謝を良くすることが極めて体に良いことがわかる。 次に必要最低限のサプリを取ることを始めた。それを見ていた僕の親はあきれてこう言った。「どうしてそんな薬を取る必要があるのか?体に悪いから止めなさい」と。確かに戦前の人たちの考え方は薬は病気になってから飲む感覚がある。しかし、この僕の両親のような戦前の人たちの考え方は現代では通用しない。昔と違って、食物の栄養価が下がっているからだ。土壌が肥沃ではなくなって、促成栽培で外見は良くても中味の栄養は乏しいからだ。 このたった二つのアンチエイジング治療で、僕の体はかなり元気になった。たっぷりと水を取ること、マルチビタミン、抗酸化作用のある CoQ10のようなサプリを取ること。この二つから僕のアンチエイジング治療は始まり、あきらかに体が内面から改善された。これをきっかけに僕は俄然アンチエイジングに興味を持った。今、僕が自分のクリニックで行っているアンチエイジング医療の一番目の患者は自分自身となった。次はさらに進化しつつあるこの治療の実際を述べる。
アンチエイジング医療とは 僕の美容外科でのメインテーマはアンチエイジングだ。ではアンチエイジングとは何だろう?最近大分とちまたで耳にするキーワードになりつつある。アンチエイジングとは出来るだけ健康でしかも長く生きることを目標とした新しいタイプの医療だ。日本は長寿国として有名だが、その中味は必ずしも理想的とは言えない。ベッドの上で寝たきりになりながら長く生きながらえることが長寿のふさわしいあり方ではない。長く生きるのであれば、自分の体が自由に使えて何でも好きなことが出来ることが本来の人間のあるべき姿なのだ。 先日の中日新聞の記事にあるように医療費は増加の一途をたどり、その勢いは歯止めがきかない。医療費が増加するのは高齢化社会となった現状ではしょうがないのだが、問題はそれを支える若者が著しく減少していることだ。人々が子供をたくさん作るより自分たちの時間を大切にして、個人の人生の価値を尊重してきた成熟社会の宿命だからある程度、それはやむを得ない。ではどうすればよいのだろうか?次世代を支える若者が減ってきているのであれば、自分自身の身は自分たちで守るしかない。そのためにアンチエイジング医療が必要だ。 僕自身のアンチエイジング医療 僕は今から5年前にこの治療に興味を持ち始めた。北海道出身の僕はこの新しい治療には全く知識がなかったが、35歳ころから体調不良を感じ始めた。妙に疲れやすいし、顔にしわが出始めた。寒い冬に絶えることが出来ず、すぐに風邪を引くようになった。恐る恐る鏡を覗き込むと、眉間には深いしわが刻まれていた。「あー、自分も歳をとってきたな。」と感じぜずにはいられなかった。それにしてもこのままで良いのだろうかと不安を覚えたが、研修医生活がクライマックスに近づきとても忙しく、どうして良いかわからなかった。 整形外科研修医生活が終わる頃、僕は一つの可能性として東京で美容外科を選択することを考えていた。東京の老舗美容外科十仁病院の門を叩いた。十仁病院の梅沢文彦院長の話ではこれからの美容医療は外科的手術のみでなく、美容内科として内面から治療するアンチエイジング医療がとても重要だと言われた。梅沢院長からアンチエイジングに関する本をいくつか渡され、「十仁病院に就職するかどうかは別としてまずはこれらの本を読んでみなさい。」と言われた。早速僕はこれらの本を読んでまさに”これだ!”と思った。誰よりもアンチエイジング治療を始めなければいけないのは真っ先に自分であることがわかった。北海道に戻った僕は早速アンチエイジング治療を開始した。

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