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目の下のくま・たるみ治療

不安に囲まれた日本の将来?

先日、ある新聞の一面見出しに日本の若者8割が将来への不安を持っていると掲載されていた。その不安の具体的内容は、老後の年金がもらえるか?仕事があるのか?から始まって、地震や原発事故、そして放射能汚染など我々の将来を脅かす安全や健康への不安まで、さまざまな内容であった。

残念なことだが、現在の日本はこういった多くの不安に包まれている。将来この国を担うはずの若者たちが、こういった不安に囲まれているのは、国の存続に関わる非常に深刻な事態である。何故なら我々は不安に包まれると個々の能力が発揮出来なくなるばかりか、不安が不安を呼ぶ連鎖反応が始まり、それが現実化する方向に向かうからだ。

不安になると我々は将来を心配し、財布の紐が固くなる。その結果、お金が循環しなくなるので経済停滞が起こる。我々の将来への過剰な不安な心理状態が不況の本当の原因なのだ。こういった不安は新聞、テレビなど、マスメディアからの一方的な情報を我々が鵜呑みにすることで生じる。

冒頭でも述べたように、最近の新聞の見出しには我々の不安を煽るような内容で一杯だ。東京を襲う直下型地震が4年以内に起こる可能性が70%で、想定死者は1万人近くに達するなど、いつでも新聞やテレビには不安を煽る内容が盛りだくさん発信されている。

こういった記事を読んだ多くの人が、将来の不安に駆られるのは火を見るよりも明らかである。しかし実際にそれが起こるかどうかは、あくまで確率論であって、これまでも同様に地震の起こる可能性があったが、我々がそれを知らなかっただけに過ぎない。

医学領域でもこれに似た興味深い事実がある。脳ドッグで動脈瘤を発見した際の死亡率についてだが、脳ドッグは動脈瘤を発見し、それが破裂する前に予防的に治療してしまおうというのが狙いだ。だが、脳ドッグで動脈瘤を発見した方が、脳ドッグを受けずいるよりも死亡率が高いというパラドックス(本末転倒)な事実である。

そこには脳ドッグによって、知る必要もなかった脳動脈瘤の存在を知り、不安に駆られ、かえって病状が悪化したことが考えられる。また破裂前の脳動脈瘤を手術し、手術自体の危険性により命を落としたケースも含まれるであろう。

このように我々は本来知る必要もないことや、単なる確率論のような情報に振り回されて、不安に駆られてられてた結果、自らの首を絞めてしまうことがある。現在の日本はまさにそのような状況に陥っている。ではこの悲観的な現状を打開するにはどうすればよいのだろうか。

その答えは、マスコミ情報は故意に我々の不安を駆りたてている事を知り、そういった情報を無視し、真実を知る努力をすることである。一人一人がこれを実践したあかつきに不安から解放され楽観的になれば、我々の潜在的能力が発揮され、このビデオが語るような素晴らしい世界を手に入れるのはそう難しくないであろう。

Posted on | 5月 5, 2012 | No Comments

我々が信じさせられてきたこと

IMG_1410我々は教育やテレビなどのマスコミから、社会にとって都合の良いことを教えられたり信じ込まされてきたと、最近僕は感じるようになった。例えば学校教育の歴史を例に挙げると、小中高と繰り返して縄文、弥生時代を、まるでそこからこの世の歴史が始まったかの如く学んできた。だがよく考えると、その以前にも悠久の歴史が確実に存在していたことは紛れもない事実である。しかし、そういったことには意図的に決して触れようとはせず、我々の知らない歴史上の真実はひた隠しにされている。

食物についても信じるよう、しむけられていることがたくさんある。例えば義務教育期間中の給食では、牛乳が支給しされたり、現在もテレビ・コマーシャルで、”もっと牛乳を飲もう”というキャンペーンが展開されている。それを見た我々は、牛乳にはカルシウムが豊富に含まれていているので、牛乳をたくさん飲めば身長が伸びると信じている。

だが、これは事実ではなく、むしろ野菜に含まれるカルシウム量の方が多く、もしより多くカルシウムを摂取量したいのであれば、牛乳を飲むより野菜をたくさん食べるべきである。牛乳は健康に良いどころか、牛乳に含まれる動物性異種タンパク質は、アレルギー反応を引き起こしたり、乳糖分解酵素のない多くの東洋人にとって、牛乳は胃腸への負担のかかりやすい飲み物である。

我々が口に入れる物は非常に重要であり、”我々の容姿は何を食べ、何を考えてきたかで決まる”と言われるほどだ。それにもかかわらず、健康の専門家である医師ですら、医学教育で栄養学について学ぶことはほとんどない。その結果、医師の多くは病気の要因や治療法については詳しくても、それをいかに予防するか、病気にかからない食習慣についてほとんど知らない。

それはまるで、獲物が蜘蛛の巣にかかるのを待つ蜘蛛のように、我々に誤った食物を提供し、我々が病気になるのを待って治療するという矛盾に満ちた医療が当たり前になっている。これは”ビッグファーマ”と呼ばれる製薬会社が政治経済的に大きな影響力を持つため、疾患治療を医療の根本にする姿勢を変えたがらないことが原因だ。だが、それでは病気で苦しむ患者さんが犠牲となるわけで、本来であれば患者さんが病気苦しむ前に、つまり、病気に罹らないよう予防するのが本来の医療のあるべき姿のはずだ。

このように、先進国の中で世界をリードする立場にある我が国ですら、マスコミなどの他人任せにしていては正しい情報が得られないのがこの世の現実なのだ。また、マスコミから流れる一方的な情報を鵜呑みにすると、そういった情報を操作する側の思うつぼにはまり、我々は利用される側に廻ってしまうのだ。現代社会を賢く生き抜くには、”皆が信じているから自分も信じる”といった大衆的先入観を捨て、無意味な情報は勇気を持って無視し、自らが思慮深くなり、正しい有益な情報のみを取捨選択することが極めて肝心である。

Posted on | 4月 13, 2012 | No Comments

御礼奉公

先日、取引先の社長さんと雑談をしていたら、”御礼奉公”という言葉が彼の口から出た。僕はそれがどういう意味かわからずにいたら、それは「奉公人が、決められた期間の奉公が済んでも、恩返しとして主家や雇い主のもとに、ある期間とどまって働くこと」と教えて頂いた。

その時、僕はふと研修医時代にお世話になった病院のことを思い出した。医学部卒業後、大学院へ進学した僕は、臨床研修が同級生たちより4年ほど遅れた。その遅れを取り返すために、僕は北海道にある地方機関病院で、救急医療、外科手術、麻酔研修をまるで丁稚奉公の如く、病院に住み込みながら昼夜を問わず働いた。

その甲斐あって、僕は3年間でその病院からほぼすべてのことを学び、後れを取った同級生たちに追いついた。そして3年目の研修医終了時、翌年の進退について僕は迷った。 何故なら、当時の僕は臨床整形外科医として少しでも実力を延ばしたいと思い、この病院で学ぶことがなくなった途端、さらにスキルアップできる施設に転職出来ることを強く望んでいたからだ。

だが当時の僕は、その病院の主な整形外科手術を任される立場にあり、院長から翌年も病院にいるよう頼まれ、渋渋その要請に応じた。今振り返ると、その一年が僕のその病院に対する”御礼奉公”だったのだと確信したし、それが出来て良かったと思っている。

我々は決して自分一人の力で生きているのではなく、お互い支え合いながら生きている。僕が研修したその3年間はその病院院長をはじめ職員、そして患者さんたちから、医師として生きるたくさんのことを教えて頂いた。もし僕があの時”御礼奉公”せずに転職していたら、それは自己中心的な行為であって、どこかでしっぺ返しが来たに違いない。

戦後65年間、我々は拝金主義、物質中心主義、核家族化などの悪影響で、先人が大切にしていた思いやりや感謝の気持ちをすっかり忘れてしまった。その証拠として、上記に述べた”御礼奉公”の意味さえ、現代人の多くは知らない。

我々が本当の意味での心動かされるのは、お金など、物質には変えられない思いやりや感謝の気持ちだったはずだ。これからは僕も、今の自分があるのは周囲の人たちの助けがあったことを再認識し、そのことに対する感謝を忘れない人間でいたいと思う。

Posted on | 3月 14, 2012 | No Comments

震災から一年が経過した現在

昨年3月11日の午後、いつものように手術をしていると、突然揺れが手術室を襲った。すぐに地震だと悟り、レーザーメスを置き、揺れが収束するのを待った。だがその揺れは小さくなるどころか、次第に大きくなり、手術室の酸素ボンベなどが倒れるほどだった。

ビルの警報が鳴り響き、このビルで働く人々も外に避難し始めた。僕とこの手術を介助するクリニックスタッフも次第に不安を感じ始めたが、たとえビルが倒壊しても患者さんを置き去りにして逃げ出すことは出来ないと判断し、この地震が収束することを祈りながら待っていたことが記憶に新しい。

この地震は東北地方の太平洋沖で発生したことから、東日本大震災と呼ばれているのは周知の事実だが、被害の少なかった東京でも交通手段が麻痺し、パニック状態に陥った。当時日本にいた諸外国人たちは、その後に発生した福島原発放射能汚染問題で国外待避した。

震災前はネオンに輝いていた銀座の街や地下街も、震災直後からしばらくの間、節電の影響ですっかり暗くなり、この国を襲った震災がただらぬもであったことを実感させた。東北方面には時計やレンズなどの精密機械工場がたくさんあり、こういった工場が被害を受け、デジタルカメラなどは供給不足に陥り、欲しくても手に入らない状態がしばらく続いた。

だが震災後1年近く時間が経過すると、こういった経済的ダメージは次第に解消され、むしろ東北地方では震災後の復興景気で社会が活性化しているらしい。テレビや新聞などのマスコミで扱われる震災関連のニュースも次第に減少し、現時点では福島原発問題もほぼ収束したように我々は感じ始めている。

だがメルトダウン(炉心融解)を起こした原子炉からは依然高濃度の放射能漏れが発生しており、残念ながらチェルノブィリの時と同様、放射能漏れは今後数十年にわたって継続する可能性が非常に高い。

”のど元を過ぎれば熱さは忘れる”ということわざにあるように、我々は1年も経過すると、過去に起きた悲惨な出来事もあっという間に忘れてしまう生き物なのだ。だが放射能汚染の悪影響は、むしろこれから表出してくる可能性の方が高い。

二度とこのような事故が起こさないためには、原発のようにリスクの高いものを簡単に容認するのではなく、先ず始めに安全性を確かめてから、慎重な姿勢で受け入れるような意識を我々一人一人が保つべきであろう。

Posted on | 3月 2, 2012 | No Comments

アンチエイジング外科研究会

昨年、秋深まる中国、大連で解剖学実習に参加したアンチエイジング外科の医師仲間たちとともに

昨年、秋深まる中国、大連で解剖学実習に参加したアンチエイジング外科の医師仲間たちとともに

僕は3年ほど前からアンチエイジング関連の学会理事をやっており、理事会の席で”アンチエイジングの中でも、外科系の研究会をやったら面白いのでは”と提案し、早速、数人の美容外科医たちと研究会を始めた。

それ以後、この学会は次第に会員数が増え、研究会を開催すると、多くの医師たちが参加するようになった。美容外科は健康保険が使用できる一般診療と異なり、 自費診療主体なので、顧客確保はそう簡単ではない。集客に結びつくそのクリニック独自の特徴を打ち出さねなければ、生き残ることは出来ない厳しい世界でもある。

ということは、同業者はライバルになる可能性が高く、顧客確保のため治療内容に関す情報等は、一切ひた隠しにすることが一般的だ。だから通常の美容外科学会でも、医師たちは、当たり障りのない内容を発表するのみで、お互いの腹の探り合い程度となることが多かった。

僕も開業以来この7年間、一環として当クリニックの治療ノウハウは公開しない姿勢を貫いた。何も無いところからクリニックを立ち上げ、安定した集客が得られるようになるには、少なくともこの程度の期間が必要となる。正直その間、自分のクリニック経営を安定させることで頭が精一杯で、周囲に情報提供する余裕がなかったのだ。

だが、夢中でやってきたこの7年間、多くの経験を通して、ようやく”地が固まった”ことを確信した。クリニックの”地が固まる”とは、そのクリニックの社会的認知度が定着し、安定した集客が得られる状態を表す。この状態になると、集客の広告宣伝などに頭を悩ます必要がなくなり、精神的余裕が生じる。

気持ちにゆとりが出来ると、僕はこれまで培ってきた治療のノウハウを、ある程度一般公開しても良いと思うようになった。そして、この研究会に主催者の一人として、積極的に関与するようになった。

先述の如く、美容医療に携わる医師たちは、この業界にはライバルが多いと思い、あえて孤独の中での診療を行うことが多い。だからこそ、ある程度の情報交換をして交流を深めることは大変な価値があり、その価値に気がついた若手医師たちが、この研究会に集まり始めたのだ。

我々美容外科医たちは、治療情報を公開することで、顧客が他院に流れてしまうのではないかと危惧する。だが実際は、我々医師たちが患者さんを集めているのではなく、患者さんたち自身が吟味に吟味を重ねた上で、これと思ったクリニックを選択しているのだ。だから、ある程度治療情報を公開したとしても、良い診療を行っている限り、患者さんたちは自分たちの気に入ったクリニックにやってくることは間違いない。

この研究会を通して、将来の美容業界を担う30代の若手医師たちと交流が始まった。彼らはライバルなどではなく、むしろ、この医療をともに盛り上げてゆく貴重な同士たちなのだ。一人でも多くの人々にこの医療の価値を実感していただけるよう、彼らとともに努力してゆきたい。

Posted on | 2月 8, 2012 | No Comments

Institutionalization(習慣化)

shawshank13昔見た映画、”ショーシャンクの青い空”で、モーガン・フリーマン演じる囚人が、長く捕らわれた後、「今さら釈放されて娑婆に戻っても、そこで暮らしてゆく自信がない」と漏らすシーンがある。

我々は刑務所のような辛い環境でも、長期間滞在すると、その環境に慣れ親しんでしまう特性を有しており、これをInstitutionalization(習慣化)と呼ぶ。すなわち、我々は環境の良し悪しにかかわらず、習慣化するとそのどちらでも身につける可能性がある。

では万が一、知らず知らずのうちに悪習慣が身についてしまった場合、どうすればそれを断ち切るのだろうか。悪習慣は毎日の繰り返しから抜け出せない状態なので、思い切ってその悪環境を断ち切る以外方法はない。

実は僕自身も、都心での仕事中心の生活に没頭している間、いつの間にか思わぬ方向にInstitutionalization(習慣化)されていた。美容外科の仕事は楽しい反面、経営を成立させる大前提があるので、他の仕事と同様、お客様、会社中心にビジネスを営まざるを得ない。

つまり仕事をする限り、何でも自分の思い通りに行くとは限らず、自己犠牲を強いられ場面が多い。そして自己犠牲を多分に強いられた開業当初からつい最近まで、僕自身も思わぬ方向にInstitutionalization(習慣化)されていた。

僕の陥ったInstitutionalization(習慣化)は、労働優先に生きるのが美徳であり、人生を謳歌するのあ二の次にすべきとする考え方だった。だがこれは真実ではなく、我々が資本主義社会によって、故意的に植え付けられた洗脳に過ぎない。欧米諸国では労働がむしろ罪悪で、人生はそれを謳歌するためにあるとする価値観に比べると、我々にはそれと全く正反対の価値観が植え付けられたのだ。

僕はここ数年、年末年始に敢えて長期休暇を設定し、この誤ったInstitutionalization(習慣化)を打破する努力をし、ようやくそこから解放された。その結果、人生の主役はあくまで自分自身であるべきことを知り、社会や他人の犠牲に終始していては決して幸せになれないことを悟った。

また自分が人生の主役になってこそ、その個性が輝きだし、巡り巡って何をするにしても良い方向に動き出すことを実感している。社会常識を打ち破ってまでも、自分の望む道を追求するのは大変勇気のいる行為だが、その努力があってこそ、現代社会の誤ったInstitutionalization(習慣化)から解放される。そして、そこから解放された境地にこそ、本当の幸せがあることを、多くの方々に知って欲しいと心から思っている。

Posted on | 1月 10, 2012 | No Comments

気づき(Knowing)-1

早朝すでに太陽がまぶしい、ビバリーヒルズ、形成外科センター前で

早朝すでに太陽がまぶしい、ビバリーヒルズ、形成外科センター前で

資本主義の罠

僕は普通のサラリーマン家庭に昭和40年初頭に生まれた。両親ともに戦前生まれで、昭和20年の敗戦後の復興の中、懸命に生きていた。僕が幼少の頃の北海道はまだ貧しく、自宅や学校も石炭ストーブ、水洗トイレはもちろんなく、朝顔を洗うにはお湯を沸かして行うといった具合だった。

小学生に上がる頃からテレビが現れ、ようやく一般家庭に娯楽と言えるものが現れた。特に昭和40年代以降の日本は、めざましい経済発展を遂げ、父をはじめとする多くの日本のサラリーマンたちは、不眠不休の如く働き続けていた。その頃僕の父は、仕事に出ずっぱりで、僕の夏休み中に一緒に出かけようしても、3日続けて休めないほどだった。

すでに他界した父だが、このように日本が豊かな国になったのも、ひとえに彼らのおかげで、その勤勉さに感謝せざるを得ない。だが僕は最近になって、こういった日本に経済発展をもたらしてた勤勉な労働者たちが、実は資本主義社会をコントロールする一部の支配層の奴隷と化していたことを知った。

サラリーマンとして40年以上懸命に働いた父が他界した時、彼に残された財産はほとんどなかった。父が生涯努力して稼いだ収入のほとんどは、住宅ローン、生命保険、さらに時代の流れとともに値下がりした不動産などとして消えた。

その消えたお金は、銀行や保険会社を支配する大株主たちの懐を厚くするのに貢献したのだ。こういった一部の支配層は、父のような真面目なサラリーマンたちを生涯働き続けさせて、彼らしか手にすることの出来ない莫大な財を築いたはずだ。

僕は父がサラリーマンとして働くあまりに過酷な姿を見て、いつも将来サラリーマンにだけはならないようにと、子供ながら心に誓っていた。だが、そのような父の背中を見て育ったはずの僕も、いつの間にか資本主義社会の罠、すなわち拝金主義の洗脳につい最近までどっぷりと漬かっていたのだ。

ではこの拝金主義の洗脳とは何だろうか。 第二次世界大戦後のわが国は既存の文化、価値観がすべて取り壊された。そして 日本の復興にあたって、 先進国流資本主義が導入されたのは周知の事実である。 この先進国流資本主義こそが、拝金主義の洗脳と呼ばれるものだ。

すなわちそれは、お金は貯蓄するものであり、お金さえあれば将来も安泰なので、節約や貯金が何より大切といった考え方であった。敗戦後、自信を失っていた日本人は、この一見まっとうに思える考え方を頭から信じてしまった。

その結果、元来勤勉な我々日本人はひたすら働き、この経済発展を成し遂げた。だがそれは同時に、ほとんどの日本人が、先進国流資本主義を推奨し、そこから利益を吸い上げる一部支配階級の犠牲と成り果てる結果となった。

Posted on | 12月 17, 2011 | No Comments

ブランド品好きな日本人
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2011年11月、大連で行われた解剖学実習セミナーに参加して

クリニックの近所に、小さな革製品を扱ったお店がある。店主がイタリアで直に買い付けた物や、彼がデザインしたものをイタリアの職人が製造した物を、このお店では扱っている。実際に製品を手に取ると、その質感は一流ブランド品となんら変わらない。

店主はとても気さくな方なので、これらの製品について何でも教えてくれる。その話でとても驚いたのは、彼が仕入れるアイテムの材料や、それらを作る職人は、高級ブランド品メーカーとほぼ一緒ということだ。敷いて言うなら、このお店の製品と高級ブランド品の違いは、デザインとブランド名だけらしい。

すでイタリアを150回以上訪れたという店主の目は良く利き、このお店のデザインも高級ブランド品と何ら引けを取らない。すなわち、彼のお店のアイテムと高級ブランド品との違いはブランド名があるかどうかだけだ。

彼曰く、高級ブランド品は原価の10倍の値をつけるとのこと。つまり我々は高級ブランド品を購入するとき、製品価値そのものより、そのブランド名にお金のほとんどを費やしていると言っても過言ではない。ちなみにこのお店のアイテムは、製品価値はブランド品とほとんど変わらないにもかかわらず、その値段はブランド品の半額以下であった。

それにして日本人のブランド品好きは世界的に有名である。確かに他のどの国を訪れても、日本人ほどブランド品を身につけている人たちはいない。何故ここまで日本人はブランド品好きになったのだろう。それには下記の如くいくつかの理由が考えられる。

1.平均的日本人の懐が温かくなった。

2.戦後、日本の伝統固有文化が破壊され、価値観が曖昧になった。

3.ブランド製品のデザイン、性能が、それ以外のものより優れている。

4.周囲と同様であることに価値観を持つ日本人の性格。

5.広告代理店とメーカーの連携で、揺るぎないブランドイメージが日本人に定着した。

銀座に軒を連ねる高級ブランド品店の数々、その桁外れの家賃を支払う価値があるのも、高級感を我々に植え付けてこそ、これらの製品が売れるからだろう。だが冷静に考えると、その高い家賃は我々が購買する一つ一つの製品に加味されている。だからこそ、ブランド品はそれ以外のものより、大幅に値段が高いことを知っておく必要がある。

だが頭を冷静に考えると、本当に価値があるのはブランド品より、それを身につける我々自身の方だ。我々自体の価値が高まると、この店主のお店の製品を身につけても、十分素敵に見えるはずだ。

バブル時代のように、強引にお金を稼いで高級品を買い漁る時代はすでの遠い過去の話だ。今は何事に対してもその物の本当の価値を知り、無駄使いを節約すべき時なのだ。

そうすることによって、消費経済社会の奴隷になることなく、幸せな人生にとって不可欠な自由や余裕を得ることが出来るであろう。

Posted on | 12月 2, 2011 | No Comments

現代医療の矛盾-2
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北京大学医学部形成外科カンファレンスへの参加

このような医療の中でも最も過酷な分野で働く外科医たちは、僕たちのような学生に構っている暇などなく、邪魔をしない程度に見学させてもらうのがやっとだった。そんな過酷な外科医たちの姿を見て、僕たち学生は”外科医になるのはよほどの覚悟がないと。。”と話し合ったものだ。

ある時、一人の心臓外科医がつぶやくように、”あー疲れた。こんなに大変な仕事を俺はやっているのに、他科の楽な医師たちと同等の給与だと思うと嫌になってしまうよ”と。この外科医の一言に、学生の僕は確かにあれほど過酷な仕事にもかかわらず、そうではない医師と同等の給与というのは割に合わず、明らかに不平等だと思った。

僕はそういった既存の給与体系よりも、能力主義、成果報酬と呼ばれるように、医師がこなした仕事量に応じて、給与が増加するほうがやり甲斐があると思った。結局、自分が医師となってもこの考え方は変わらず、保険診療体制よりも、能力主義が可能な自由診療に惹かれるようになった。

だが、保険診療を行っている医師の中には仕事のみにその価値を見出し、給与体系は全く気にしないといった非常に高潔な考え方をする医師もいた。この考え方こそが、人の命を預かる医師として最も尊敬すべきものであろう。

最後に

これまで述べたように、現代医療には僕を自由診療へと向けたいくつかの矛盾点が存在する。だが、医療をビジネスとして多くの人々が生きている限り、この体制はすぐには変わらなであろう。また、いくつかの矛盾点があるものの、国民皆保険制度は、多くの人々に分け隔て無く、安全な医療を提供する優れた体制であることには間違いない。

例えば米国では、医療費を支払えない患者さんは、たとえ瀕死の状態であっても病院から追い出すようなこともあるらしい。それに比べると、いかに日本の保険体制が優れているかがよくわかる。

現代人は政治や社会にすっかり無関心になってしまった。我々一人一人がもっと政治に関心を持ち、医療における矛盾点を是正しようとすれば、さらに良いシステムが導入されるであろう。その結果、医療費、税金が軽減され、より豊かな生活の実現に近づくはずだ。

近い将来、我が国ではTPP(環太平洋経済連携協定)導入が現実味を帯びてきた。このシステムの導入で懸念事項の一つが医療サービスの自由化である。米国流の民間保険制度が導入されると、これまで培ってきた保険制度が崩壊する恐れもある。

そうなると、比較的平等であった我が国の医療が、所得に応じて医療の質が異なるような不平等医療が現実化しかねない。今こそ、知らない間に我々に根付いた無関心や日和見主義を改め、一人一人が明確な意見と、それを主張する勇気を持ち、皆が幸せになれる国造りのための努力をするときが来ている。

Posted on | 11月 19, 2011 | No Comments

現代医療の矛盾-1

IMG_0984僕が通常(保険)医療を離れ、自由診療を開始して10年が経過した。10年前の日本では、人口に占める老人の割合、そして国民医療費は現在ほど大きくなかった。だが、時代の変遷とともにこういった指数は次第に増加したため、現在我が国は多大な財政赤字を抱え込むこととなった。

当時、その穴埋めに行われた健康保険負担アップは1割負担から3割負担へとすぐに引き上げられた。この経験を通して僕は、国家予算における医療費の占める割合が激高している現実を知り、このまま健康保険制度の枠組みの中で医療を行うことに危惧を感じた。それと同時に、国民健康保険を用いることなく、自己負担で行う美容医療などの自由診療へ次第に興味を持つようになった。

外科研修を終了した今から10年前、僕は美容外科の老舗、十仁病院の門を叩き、それ以後僕は自由診療主体の診療を展開している。当時、自由診療の世界に足を踏み入れるのは希で、周囲からはアウトロー(無法者)のように思われたので、僕は人目を忍んでこの世界に飛び込んだのを鮮明に覚えている。だが、何故そんな逆境を踏み越えてまで僕はそうしたのか、いくつかの決定的理由があるので、今回はその点について述べたい。

1,患者数の減少:外科研修初期の頃、僕は手術症例の多い個人病院を選択した。個人病院で勤務する上で重要なのは、なんと言っても患者数の確保だった。だが、先述したように国家医療費激増の中、どんなに人気のある医師でも、患者の負担額が増えるにつれ、患者数が減少してゆく現実を見た。つまり、患者数確保に関して、医師の能力以上に国家政策の影響力が強いのでは、自分の仕事の舵取りがままならないことを意味する。それに比べると、自由診療では医師の能力がそのまま患者数に比例するので、その方がやり甲斐があると僕は思った。

2.病気があってこそ成立する医療ビジネス:保健医療に携わっていたころ、僕は薬剤会社さんたちと会食に出かけた。そこで言われた次の一言は今でも忘れない。それは「先生、なんとか風邪患者さんを増やしてくれませんか。このままでは風邪薬の売り上げが目標に達しないのです。」の一言だった。

この一言は現代医療の矛盾点を見事に示している。本来、医療は病気を減らし、我々が健康に生きるために存在するはずだ。だが実際は医療には製薬や医療機器などの収益を得ることを目的としたビジネスが密接に絡んでいる。このように国民が病気に罹患することで収益の上がるビジネスがつきまとう限り、患者さんの利益を最優先とした本当の医療を追求するのは難しいと思った。

現状健康保険制度下では検査項目を増やせば増やすほど、病院、検査会社などの関連ビジネスが儲かる仕組みになっている。例えば五十肩と呼ばれる老化性肩関節炎があるが、これは経験豊富な整形外科医だと、診察のみで十中八九その診断はつく。しかし診察のみの保険点数は低いため、収益が上がらないので、病院側はたとえ診断に不必要なことがわかっていても、血液検査、肩関節造影、MRIなど病院の収益に結びつく検査を行わざるを得ない。

だが最終的にたどりつく診断結果は、結局五十肩というのがほとんどの場合なのだ。このように非効率な医療体制では、今後我が国の医療費は上昇する一方で、我々の貴重な税金から捻出されている。これ以上財政赤字が深刻な状態になれば、明るい将来を脅かすことになりかねず、僕は医師として無意味な医療費の増加に加担しかねないことに疑問を感じはじめていた。

Posted on | 11月 11, 2011 | No Comments