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ブレイクの後

P1000534”どんなビジネスでも始めること止めることはそれほど困難ではない。難しいのはそのビジネスをいかに安定維持できるかなのだ。”この格言を今になって痛切に感じるようになった。開業前、渋谷の美容外科で勤務医をしていた頃、そろそろ僕も何か新しいことを始めたいと思うようになっていた。ある日、旅行に出かける予定のお客さんが、その直前に目の下のくま、たるみ治療を行えるかカウンセリングにやってきた。

僕は最近海外で学んだ皮膚を切らない新しい手法であれば抜糸などの術後処置がなく、旅行前でも治療を行えると伝えた。このお客さんは早速治療を受けたいと申し出て、治療を行っのだが、旅行から帰ってきた時にはすっかり綺麗になっていた。

当時の眼周囲治療は皮膚切開を伴うオーソドックスな手法が一般的だった。しかし、この手法は傷跡の問題や回復時間が遷延するため、必ずしも患者さんに人気のある治療ではなかった。そのため、眼周囲のたるみを外科的に治したくても、こういったデメリットのせいで、治療をためらうお客さんが後を絶たなかった。

これに変わる良い治療がないかと探していた時に、皮膚を切らずに行う目の下のたるみ治療を海外で学び、”これはすばらしい治療である!”と直感した。 この治療を見ていた看護師さんも「先生、この新しい治療はとても良いですね!きっと人気がでますよ。」と僕に伝えた。その時、”この新しい治療を中心に自分のクリニックを立ち上げたらうまくゆくかもしれない”と思った。

僕の予想通り、2005年春の開業以来、この治療は人気を博し、2008年夏頃まで患者数は増加の一途をたどった。一番混み合った2007年後半には予約が4ヶ月待ちにまで達した。人気の理由を今振り返ると、2005年から2008年夏のリーマンショックまで日本の景気がずっと上り調子だったことを追い風に、 この治療が非常に優れていることを主調した医師が誰もおらず、この治療に関して 僕の独壇場となったためである。

だがどの分野でも人気絶頂のいわゆる”ブレイク”状態になると、そこにはさまざまな落とし穴がある。僕の場合、この治療に有頂天となり、外科医として最も大切な一つ一つの治療を大切にして、たとえ些細なことでも何かあれば常に反省する態度を失ってしまった。

美容治療はとてもデリケートなので、こういった反省を怠ると治療結果が粗くなり、次第に評判を落とすという悪循環に陥ってしまうのだ。また、僕のクリニックのブレイクを外から見ていた競合他院が価格を下げたり、奇をてらった手法を用いたりと、あの手この手でこの顧客層の流れをつかむことに躍起するため、2007年末を境にブレイクは次第に沈静化した。

僕は当時日本であまり行われていなかったこの治療の価値をどんなに周りから批判されても主調し続けた。その結果ようやく今になってこの治療の価値が一般的に認知されるようになった。残念ながら、どんなブレイクでもその先には必ず終わりがある。だが本当に大切なのはブレイクが終わった後、いかにソフトランディングし、それを継続してゆけるかなのだ。

開業以来6年半が経過した今月、ちょうど6000名の治療を終えた。苦い経験も含め、多くの患者さんの治療を経験し、今はどんな症例が来ても良好な結果を出す揺るぎない自信を得た。 この治療に再び大きなブレイクが起こることはないし、起こる必要もない。今後は過去の反省を生かしながら、一人一人を大切にする治療を目立たず焦らず続けてゆけたらと思う。

Posted on | 9月 2, 2010 | No Comments

虫歯の原因

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最近僕のクリニックでは口の中から頬のたるみを改善する治療が増えている。クリニックを訪れる美意識の高いお客さんたちは目周囲のくま、たるみ等から解放されると、次に 自分の頬を指さしながら頬のたるみをなんとかしたいと訴えるようになる。それもそのはず、人の顔にはたるみを引き起こす余分な脂肪が2箇所存在する。それは眼周囲にある脂肪と頬にある頬脂肪なのだ。脂肪は容積があり、その中に血液やリンパ液などの液体をたっぷりと含むので、こういった脂肪を放っておくと、顔のたるみの主たる原因になる。

だから美意識の高い人たちは、本能的にたるみの原因である脂肪の存在を察知し、可能であれば除去しようと思うのだろう。頬の治療は口腔内から行うので、僕はまるで歯科医になったような気がする。頬のたるみ治療は立ったまま長時間口の中をのぞき込んで行うため、治療後に腰の張りを感じるほど労を要す作業だ。だが皮膚切開を伴わないという患者さんの絶対的メリットを考えれば、その努力は報われると思っている。

頬たるみの治療前、歯の位置を目印にレーザー進入部位を正確に決定するため、歯数を正確に数える。その際、ほとんどの日本人には必ずといっていいほどいくつかの虫歯の治療跡や欠損歯があることに気がつかされる。それに比べると、最近ちょくちょくこの治療を受けに来る中国人たちにほとんど虫歯等がない。これは1~2人の話ではなく、ほとんどの中国人たちの歯の健康状態は日本人に比較して圧倒的に良い。

その原因は間違いなく両国間の食習慣の違いにあると思われる。第二次世界大戦後、敗戦国となった日本は米国文化にどっぷりと漬かり、砂糖をふんだんに使ったスイーツやデザートを食べる習慣が導入され、虫歯の罹患率が急速に増加したのだ。その証拠に戦前生まれの僕の両親に虫歯や欠損歯は皆無だった。

学会出席等で中国を訪れる機会が増え、最近気がついたのだが、中国では日本で食べるお菓子等はほとんど食べず、繊維質ふんだんな果物やナッツなどをデザート代わりにしている。そういった健全な食習慣のため、戦前の日本人のように虫歯となることがほとんどない。

日本は戦後めざましい高度経済成長を遂げ、誰しもが豊かさを享受できる国となったが、我々の健康面では経済的豊かさの弊害が健康面に生じていると言わざるを得ない。虫歯に限らず、飽食の時代の影響は癌や心血管障害による死の主たる原因となっている。物質的に満たされた今こそ、我々は出来るだけ健康で充実した人生を過ごすために、豊かさに伴うこういった負の要因を見直す時期が来ている。

Posted on | 8月 3, 2010 | No Comments

”孤高のメス”

100714_1739~0002街をぶらぶらしていると映画、”孤高のメス”の看板が見えた。テレビのない生活から半年以上経過し、最初こそやや寂しい感じがした。だが最近は逆に余計な雑音の少ない快適な生活をしていたが、このタイトルを見たとき、久しぶりに映画を見ようと思った。

映画と言えば高額な制作費をかけ、エンターテイメント要素の強いハリウッド映画のイメージがあまりにも強く、日本映画はそれに比べて精彩を欠き、これまで足を運ぶことはほとんどなかった。2時間程だったが、臨場感があふれる中身の濃い映画で十分に楽しめた。映画のストーリーは、”医師として一番必要なことは患者さんを救うこと”を再確認できるものだった。

学生気分の抜けないまま医師になった僕の場合、臨床医とならず大学院での研究生活を送っていた。だが学生時代、研究者となる教育を受けたわけではなく、しばらくの間どのように研究すべきが方針が立たず、ただただ途方にくれたことが記憶に新しい。

同僚の研究医たちはプライドがとても高く、”医師は科学者だから研究をしなければだめだ。もし研究が出来なければ、しょうがないから臨床医にでもなればよい。”と言われた。つまり、まるで研究医が臨床医よりも優れているような考え方を信じ込まされ、研究が出来ない僕は常に劣等感にさいなまれた。

この映画の主人公の外科医は教授を目指したりする野望がなく、一臨床医として患者の命を救う使命を貫いていた。そもそも医師は患者の命を救うという大前提の元に教育を受けるが、その後お金や名声欲などの邪念に誘惑されることが少なくない。

そんな邪念にまみれると、映画の中でもあったように医師同士の足の引っ張り合いのような事態が起こりうる。それは男の嫉妬による嫌がらせだが、僕も美容外科医になりたての頃、そういったネガティブな影響を受けた経験があり、男の嫉妬は男女間の嫉妬よりたちが悪いと正直思った。

映画のクライマックスは脳死患者取り扱いに関する医師倫理を問うデリケートな話題だった。だが主人公は自分の医師生命を失いかねない治療でもひるむことなくチャレンジし、その治療を成功に導いた。有資格者である医師はともすると保身を優先的に仕事を行おうとする。だが自分の人生をかけるくらいの勇気を示してこそ、かけがえのない治療をなし得ることをこの映画は教えてくれた。

有能な外科医である主人公は、望めば教授になることもさほど困難ではなかったはずだ。映画のエンディングは主人公がどこかの街の病院で手術をしているシーンでフェイドアウトする。名誉や権力への野望は所詮自分のエゴでしかなくそれほど重要ではない。 患者さんから”ありがとう”と感謝されることにこそ、医師として本当の価値がある。そんなことを感じさせてくれる大変見応えのある映画だった。


Posted on | 7月 16, 2010 | No Comments

中国、桂林で行われた解剖学実習に参加して

P1000410年に一度中国で行われる解剖学実習に参加した。実習地は毎年変わるかが、今年は桂林で行われた。 香港近辺の広州で飛行機を乗り継ぎ、約8時間程の長旅となった。 桂林はベトナムとの国境を接した中国南部、広西チワン族自治区内の人口500万人の都市である。この街を訪れた5月初旬はすでに真夏のような暑さだった。

臨床医となった後に解剖学実習に参加するのは以下の理由による。医師は医学生時代に人体解剖実習を行うが、この時点では外科手術を想定おらず、あくまで人体構造把握が目的に行う。そのため人体構造を暗記するのがやっとであった。だが、臨床医となり外科手術をしていると、手術アプローチの点からもう一度解剖を行い、神経、血管走行などを再確認したいと感じるようになった。

P1000469解剖実習前日には観光を行い、桂林に来た誰しもが経験するといわれる川下りに行った。 この土地は今から3億年以上前海底にあり、長い年月を経て石灰が堆積した。この石灰層が次第に隆起しカルスト台地となり、この台地は二酸化炭素を含む雨水で浸食された。その結果、鍾乳洞や釣り鐘型の山々など、桂林の水墨画で有名な風光明媚な情景を作りだしたのだ。

翌日の実習は桂林医科大学解剖学教室で行われた。午前中の実習を終え、一息つくため解剖学教室のある大学2階からバルコニーに出て辺りを見回すと、そこにはのどかな田園風景が一面に広がっていた。小鳥や虫たちが木々の間を賑やか飛び交う中、農夫たちがゆっくりと農作業をしていた。この光景はずっと昔から今も変わらず続いているに違いない。この雄大な自然の中で暮らす桂林の人々は穏やかで、ここにいると時間がゆっくりと流れていP1000472るように感じた。日頃緊張を強いられる我々美容外科医は、気持ちを新たに出来るこのような機会をしばしば持つことが必要かもしれない。

Posted on | 7月 2, 2010 | No Comments

韓国を訪れて-4

P1000367口コミで広がる韓国の美容医療

したがって、美容クリニック同士の競争はかなり激しいらしいが、それはどの国であろうと、都会であれば必ず認められることで致し方がないだろう。肝心なのはそういった競合関係の中で、どのように自分のクリニックに顧客を誘導するかにつきる。リー医師のクリニックで最後に驚かされたのが、いわゆる宣伝広告をまったく行っおらず、なんとホームページすら敢えて作成していないことだった。

日本ではあり得ないことだが、韓国は日本と比べものにならないほど、美容医療が一般に浸透していて、治療を受けたことを他人に隠す習慣がない。したがって、治療が上手くゆくと、口コミでどんどんと患者層が広がるため、長く良い治療を行っているリー医師のクリニックでは、ホームページがなくても十分な集客が可能なのだ。日本ではどんなに良い治療を行っていても、口コミのみで顧客層がどんどん広がることはなく、どのクリニックもホームページを作成しておくことが安定した集客には欠かせないので、この点は日本と韓国で大きく異なる。

診療見学終了後、流ちょうな日本語を話す美容皮膚科女医さんを交えて3人で食事をした。彼女は日本美容医療事情にも通じていて、僕の知らない日本の美容医療にまつわるゴシップまで知っていて驚かされた。このように日本語、韓国語両方に通じた医師を友人に持つことは、美容先進国、韓国の情報をいち早く知る上で、大変貴重なことだ。

P1000375最後に

韓国は羽田から国内旅行感覚で1泊2日でも行ける身近な隣国だが、言葉や文化の壁は大きく、お互いが心から理解し合うのが困難なことも事実である。韓国の美容医療は日本のそれに比較できないほど広く浸透しており、それは日本の保険一般診療なみかもしれない。つまり、集客に日本ほど苦労しないことは、韓国美容医療の優れた点であろう。

インターネット広告はいわゆる”諸刃の剣”で、広告をすればするほど集客は可能かも知れないが、金銭的負担が大きくることを踏まえなければならない。また、故意に誹謗中傷等を受け、集客のマイナスになることもあり、それが日本での美容医療の広がりを妨げる要因の一つにもなっている。

韓国美容医療を見習い、ある程度安定した顧客確保が可能になれば、インターネットに頼らずに営業を行う方針に切り替えるべきなのかもしれない。お隣の韓国での治療内容やその手技、そして診療スタイルも大幅に異なる。だが、このような相違点から大変勉強になることがあり、両国の美容医療繁栄のために今後はますます交流を深めてゆくべきだと思った。

Posted on | 6月 15, 2010 | No Comments

韓国を訪れて-3

P1000407リー医師の診療コンセプト

日本のクリニックは、一般的に待合室など患者さんがくつろぐスペースは小さく、クリニックに来るお客さんは治療のみを目的としており、目的を果てすとすぐにクリニックを去ってしまう。しかし、人間は感情を持ちあせた、大変に繊細な生物なので、本当はクリニックのような場所にも人間同士のコミュニケーションを求めている。そういった余裕がクリニック側にあると、安定した経営が成り立つのに貢献するのではないかと感じた。

リー医師のクリニックで唯一気になったのが、いわゆる”診察室”がないことだった。ではどのように診察をするのだろう?なんと彼は、治療室や待合室に出向いてはその場所で患者さんの診察をしていた。日本ではプライバシー尊重の優先順位が高いので、診察室以外でその都度診察するやり方は受け入れらないかもしれない。

だが、ここにもリー医師の診療コンセプトが現れている。つまり、医師-患者間に壁を作らず、良好なコミュニケーションを第一優先としているのだ。実際、患者さんは、まるで古くからの友人のように振る舞い、彼は患者さんの手をとりなが、一緒に治療室に向かうほど良好な信頼関係が築かれていた。医師-患者間の大きな壁を取り払う意味では、こういうやり方大変参考になった。

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韓国と日本の美意識の違い

最近、韓国でも経済状態が停滞し、クリニックの景気もかつてに比べると静かになったという。しかし、そこは漢南の有名クリニックだけあって、患者さんは次第に集まり、昼過ぎまでに6~7人の患者さんをこなしていた。午後からは目の上下たるみ取り、顔面脂肪注入、スレッドリフト(糸で引っ張るフェイスリフト)などの手術が3件ほど入り、午後8時近くまでクリニックは大盛況であった。

彼のクリニックで行われている治療内容も、僕のクリニックとほぼ同様であるが、韓国と日本で根本的に異なる点があるが、それは美意識の違いとでも言えばよいのだろうか。その違いを顔面治療を例に挙げて説明すると、日本では小顔治療、つまり、顔からボリュームを減らして、少しでも華奢に見える顔が綺麗とされる。だが韓国では鼻を高くすることはもちろん、脂肪や場合によってはゴアテックスなどの人工材料を用いて、頬や額などにボリューム感を持たせ、華奢よりもむしろ大作りな顔の方が好まれるのだ。

また、リー医師のクリニックでは無痛で治療を行うため、すべての患者さんは静脈麻酔下で無意識のうちに治療を終えていた。これもリー医師が心臓外科医として麻酔操作にたけているメリットを生かし、患者さん優位の治療を行う姿勢がうかがえた。

午後3時過ぎには本格的な手術を終え、昼食を食べにリー医師と外出した。江南地区は新しく開発された地域であるため、街が新しく主に若者たち中心の、東京で言えば、表参道のようなファッショナブルな街である。この地区での美容外科の数は数え切れないほどあるらしく、表通りにある大きなビルには必ず1,2件の美容系クリニックが入居しているほどだった。

Posted on | 6月 1, 2010 | No Comments

韓国を訪れて-2

P1000313学会に参加する本当の価値

日本ではこのような医師の集いがあっても、ややもすればお互いの腹の探り合いになりやすい。だが、韓国では先輩、後輩の主従関係が明確で、たとえ競合関係があろうともこういった集いではまるで休戦協定を結んだかのようにお互い仲良く交流を図っている。こういった人間関係の基盤がしっかりしているのは、韓国では医師といえども徴兵制という、国家のための忠誠心を誓い合う仲間意識があるからなのだろうか。

僕が午後11時過ぎに宴会場に到着するやいなや、祝杯が酌み交わされたが、その盛り上がり方は日本では出来ない貴重な経験となった。もちろん学会参加の目的は、美容医療の最新の知見を得えることだが、違う国の医師たちと友情を深めることが同様に大切だなのだ。知識や技術は教科書や手術手技ビデオ等から得られるが、人間は感情を持っているので、本当に大切なことは友情を基盤とした人間関係から得られることが少なくない。

翌日の学会に備え宴会は午前12時過ぎに終了した。翌朝8時半に起床し、学会場に向かうと、そこは多くの参加者で溢れていた。海外から招待されたのは米国から1人の医師と、日本から僕を含め2人だったので、我々以外の発表はすべて韓国語でなされた。お隣の国と言えども言葉の壁は厚く 学会で何が議論されているかは、スライドを見て想像する以外ない。

リー医師のクリニック

僕は自分の発表を無難にこなし、夕方6時に学会は盛況のうちに終了した。今回、僕が韓国を訪れたもう一つの目的は、韓国美容外科学会の将来を担うリー医師のクリニックを見学することであった。リー医師は韓国の南部光州市出身、40代後半の新進気鋭の美容外科医である。だが、光州でリー医師が学生だった頃、当時の朴大統領を暗殺した軍事政権と学生が対立し、暴動が勃発し、市民に多くの犠牲者が出た。

リー医師はその真っ直中で、韓国の悲劇の歴史を経験している。その後彼は心臓外科医として8年間の研鑽を積んだ後、美容外科医に転身した。現在はソウル、漢南の一等地で美容外科クリニックを開業して13年目のベテランである。親分肌のリー医師は情に深く、彼が韓国美容外科学会を統率していると言っても過言ではない。そんな影の実力者であるリー医師のクリニック見学は大変興味深かいものになった。

クリニック内の広さは50坪程度であったが、目を見張ったのは待合室の造りであった。なんとクリニック全体の4分の1程度のスペースを待合室としており、少なくとも10人以上がゆったりと時間を過ごせるようになっている。そこはまるで喫茶店のような空間で、しばしば訪れる患者さんたちは思い思いにお茶を飲んだり、友人たちと雑談をしていた。リー医師に直接その理由を尋ねた訳ではないが、それは患者さんをリラックスさせるための空間を惜しまない彼の演出なのだ。その結果、患者さんがリピーター化したり、紹介患者さんが増えたりと集客につながり、決してその空間が無駄に広いわけではないと察することが出来た。

Posted on | 5月 17, 2010 | No Comments

韓国を訪れて-1

P10003854月初旬、韓国美容外科学会での講演を頼まれ、ソウルに向かうことになった。土曜日の診療を終えた後、羽田発午後7時20分発ソウル行き便に搭乗するため、午後5時過ぎにクリニックを出発した。通常、国際線は2時間前に空港到着するべきだが、羽田空港発なので、一時間半前に到着すればよいと高を括った。だが、浜松町に到着しても誰も人がおらず、”おやっ”と思った。

事情を駅員さんに尋ねると、羽田空港国際線ターミナル新設工事に伴うモノレール線引き込み工事で、その日は全線不通とのこと。突如慌てたが、すかさず京浜急行線に乗り換え、駆け足で空港に向かった。空港に到着すると、すでに出発時刻1時間を切っていたが、搭乗にはなんとか間に合った。

韓国と日本には時差がないので、2時間余りのフライトを終え、午後9時過ぎに金浦空港に到着し、そのままタクシーでソウル新興地、江南に向かった。タクシーの運転手さんは僕が日本人とすぐに察して、流ちょうな日本語で活気よく話しかけてきた。一般的に言って、韓国人が日本人より元気があって気さくなのは、キムチなど健康的な食べ物と、もともと楽観的な韓国人の国民性なのだろうか。毎回、韓国を訪れるたびに感じる韓国人に対する僕の第一印象である。

土曜日の午後10時近くになっても、ソウル市街に向かうハンガン川沿いの3車線道路はいつものように大渋滞で、なかなか車が進まない。暇にまかせて周囲の車種を見ていると、ほとんど韓国製の車ばかりだ。ついこの間まで、車や電化製品で世界を席巻していた日本技術の時代は終焉を迎え、韓国や中国などの新興国製品がそれに変わろうとしている。東京の街並みにもかつてはソニーやパナソニックの広告が目白押しだったが、現在はサムソンやLGなど韓国企業の広告のほうをよく見かけるようになった。

第二次世界大戦後の高度経済成長時代から現在まで、日本は物作り経済を中心に世界の大量消費社会に支えられ、高度経済成長を遂げた。だが21世紀に入り、先進国の人々は、ほぼ欲しいものを手中にし、過去のような物質に対する執着が消えつつある。もちろん、発展途上国では未だに必要な生活必需品が多くあるだろうが、これらの供給はインド、中国、韓国などの新興国が日本に代わり行うようになった。

そんなことを考えながら、渋滞に巻き込まれた江南までのタクシー道中を過ごした。学会に参加する医師たちのと懇親会場にたどり着いたのは午後11時を過ぎていた。タクシーを降車すると、4月上旬といえどもソウルの夜は東京以上に冷え込んでいた。だが、宴会は土曜日夜に催されたせいか、大変盛況だった。

ご存じの通り、韓国美容外科の需要供給は日本のそれと比べものにならない。それは国民性の相違によると思われるが、韓国人はより、はっきりとした結果を求め、そのためには多少侵襲が大きくなろうともいとわない。それに比べて日本人は可能な限り低侵襲な治療、そして自然な結果を求める。僕が美容医療のためにしばしば韓国を訪れる理由は、大胆かつはっきりとした結果が得られる韓国の治療手技を知ることで、繊細かつ、自然な結果が得られる、より洗練された手技を体得することに他ならない。

Posted on | 5月 1, 2010 | No Comments

地球温暖化について-2

P1000298ハイブリッド車製造を例にとると、地球温暖化キャンペーンがいかに本末転倒かわかる。ハイブリッド車一台を製造する二酸化炭素排出量は、一般人が使用するガソリン車が、使用期間中に排出する全二酸化炭素よりも多いのだ!つまり、地球温暖化防止に貢献しようと思った人がハイブリッド車に乗り換えたとすると、その方が地球温暖化に悪影響を及ぼすことになる。

だが、そういった情報は、我々一般には知らされておらず、ハイブリッド車に乗り換えることで、エコ減税と呼ばれる節税によって、乗り換えが奨励されているのだ。そこには地球温暖化を理由に、火力から原子力発電に転換し、ハイブリッド車など、エコ製品マーケットを拡大しようともくろむ政府や大企業の意向があるのではなかろうか。

二酸化炭素削減を世界規模で実現すること目指した京都議定書では二酸化炭素排出量世界2位と4位の中国とインドは排出規制法から除外されている。二酸化炭素排出量が地球温暖化の直接原因であれば、先進国、発展国にかかわらず、排出量の多い国を規制すべきなのに、必ずしもそうではない。こういった事実を冷静に判断すると、温暖化を理由に二酸化炭素排出量規制の政治的思惑を考えずにいられない。

そもそも、地球温暖化は我々人間の生活に支障を及ぼすのだろうか?温暖化による悪影響として考えられるのが、南極や北極の氷溶解による水面の上昇、気候変化によるハリケーンや台風の増加による生活被害であろう。だが、水面の上昇は緩徐にしか起こらないし、ハリケーンや台風も予想外に増加しておらず、それなりの対策は整いつつある。

実際、今年の東京の3,4月の気温が例年以下で、桜が咲くこの時期でもコートやマフラーがはなせず、年々平均気温が確実に上昇しているようには思えない。

地球がすべての人々にとって、より住みやすい場所になるのであれば、温暖化を食い止める努力は大切だが、一部の大企業などが経済的利益を得るために故意に流したスローガンであれば、我々はそれを安易に鵜呑みすべきでない。

地球温暖化によって範囲が広がることや植生も豊富になることが予想される。つまり、温暖化はうまく活用すると人間生活にとって恩恵をもたらすとも考えられる。また、食物の生産効率面を考えると、最も効率的な食材は植物である。我々が植物中心に食べると、食糧危機問題も回避でき、地球温暖化がむしろ我々にとって有利になる。

僕は最近、情報を流す側の意図によって情報操作可能な新聞やテレビなどのメディア視聴を止めた。それは情報過多の現代において、何が真実かを見極めるにはバイアスのかかった情報を排除し、中立的な立場で判断したいと思ったからだ。我々1人1人が真実を把握し、たとえそれば少数派であったとしても正しいことのみを受け入れ、支持する勇気を持つことがことのほか重要になっている。

Posted on | 4月 16, 2010 | No Comments

地球温暖化についてー1

P10000284月も間近だというのに、先週末から今週頭にかけて最高気温が10度程度と寒い日が続いた。近くの桜は半分開花しているのに、この寒さで完全に開き切れないでいた。窓から見える公園では休日の午前中、いくつかのグループがお花見をしていたが、寒さと折から降り始めた雨で、早々に引き上げてしまった。

2年ほど前、ノーベル平和賞を受賞し話題となった元米国副大統領、アル・ゴア監督の“不都合な真実”では、急速に進む地球温暖化の現状を克明に描いていた。その中でも印象的だったのが、北極海で進む氷融解により、ホッキョクグマが行き場所を失い、北極海をさまよいながら泳ぐ姿だった。この姿を見て我々人類が無配慮に二酸化炭素を出すべきではないと誰しもが感じたはずだ。

だが、本当に人間の産業活動で排出する二酸化炭素によって、この大きな地球がそこまで急激に影響を受けるのだろうか?この映画を見た直後にヨーロッパ行きの飛行機の窓から外を見たが、雲一つない青空の下には広大な大陸や海が見えた。これほど広い地球が欧米諸国、日本、中国やインドなどの一部発展歳の二酸化炭素で、本当に温暖化が起きているのかとふと疑問に感じた。

それ以来、僕は世界中で騒がれている地球温暖化を盲信せず、懐疑的な目でそれに対する異論がないか調べてみた。配信する側意図で情報操作可能なテレビや新聞には地球温暖化に対する異論はほとんどなかった。しかし、自由な意見を主張できるインターネット、ある種の雑誌や本には地球温暖化に対する異論、反論が山のように出ていた。

反論をまとめると次のようになる。確かに二酸化炭素排出量は年々増加しているが、海水は二酸化炭素を吸収する働きがあるので、大気中二酸化炭素濃度はその排出量ほどは増加していない。近年の地球の地球温暖化は温室効果ガス効果よりも、太陽フレア放射線の活動変化による影響が多大であるらしい。

では、何故地球温暖化がこれほどまで騒がれているのだろう?地球温暖化によって、海水面が上昇して水没する土地が増加し、異常気象による自然災害が増えることが懸念されている。しかし、その影響は果たしてどこまでのものなのだろうか?それ以外に地球温暖化をはやし立てる理由が他にあるのではないか?次にその点について考えてみたい

Posted on | 4月 1, 2010 | No Comments