GINZA CUVO

2018年4月アーカイブ

「美」はどこからやって来るものか?

 

ここで,もう一度,私は美容外科医としての自分を振り返り,問いかけてみよう. ――「美しさ」とは何であろうか? 「美」についてわれわれの先人は何を語って きたであろうか? 哲学者は何を語り,書物は何を残し,画家や音楽家は過ぎゆく 時の何を伝えようとしてきたであろうか?
 
通常,美容外科の仕事の現場では,美は「形や容量のプロポーションや整合性の バランス,左右対称性のある均衡と調和であり,そこからもたらされる癒しである」 というふうに教えられる(図 1.4).
 
そのような整合性と秩序のバランスが,美しさとしてわれわれの脳に感受され, 安らぎや喜びや快さとして感動を与えられる.
その総和が「美の輝き」(効果)だというのである.
 
このような美の捉え方は,しかし一定の法則性があるのではなく,地域や民族・ 文化・歴史・環境等によって変化し,さまざまな美の受け取り方も個々の当事者し だいで変化していることがわかる.「○」を美とする者もいれば「△」を美とする 者もいるのである.
 
 
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■図 1.4:(man & woman) 美とは形とその容量のバランス  知らない女性と男性がビーチですれ違うとき,お互いが,自分の肉体的欠点を減らし,自分の魅力を強調しようとする.だがお互いが立ち去ると,その状態は維持できず元に戻ってしまう!
                                                                                      
 
「美」はわれわれに宿る美的感覚を喚起させ,われわれの目を喜ばせ,官能を高め,感嘆を招くことから,美容整形の場では「美しさは視覚的なフェロモン」という言い方がされる場合もある.
「美」は顔や,あるいはそれ以外のものでも,それらの形,バランス,色の適切 な組み合わせによって,見る者の目を喜ばせる.すなわち,「美」はそれ自体とし て存在するものではなく,あくまでも美しさを快さとして,癒しとして受け止める 者の目に映り,その内部に存在している,という見方である.
 
わかりやすい例をあげると,ある女性が通りかかり,一人の男性に出合ったとし よう.そのとき,彼女を見かけた男性の目に彼女が美しいと感じられていれば,彼 女は美しい.その男性の目に美しい女性として映らなければ,彼女は美しくない. これは当然の成り行きなのだが,つまり,「美」が誰しもを喜ばせるものとは限らず, 逆に彼が喜んだときにのみ,そこに「美」が現れるもの,という見解である.