GINZA CUVO

1.2 眼窩周囲治療における美容外科の歴史

| コメント(0) | トラックバック(0)

評判を呼んだ皮膚筋皮弁のリフトアップ治療

 

「眼瞼形成術」については 1818 年,ドイツの医師 Von G raefe によって初めて 体系づけられたとされている. 第一次大戦後,1928 年にドイツの Bourguet が後隔膜に位置する下眼窩脂肪の存 在について発表し,さらに経結膜的アプローチによる下眼過脂肪除去術について報告している. しかし,この時点での経結膜的下眼瞼脂肪除去術(皮膚切開を用いないで目の裏側から進入する方法)の適応は,余剰皮膚がほとんどなく下眼窩脂肪が前方に突出した症例のみが適応であった.

第二次大戦後,1950 年代に入ると,ニュージーランドの Sir Archibald McIndoe が,下眼窩脂肪の除去と一緒に皮膚切開法を用いる皮膚筋皮弁のリフトアップ治療 を行い,良好な結果を得られることが出来た.この治療結果が評判を呼び,皮膚に余剰がある症例でも良好な成績が得られるようになった. 近年,1990 年代半ばには米国(アメリカ)の Hamra ST. が脂肪除去を行わず, 眼窩縁靱帯を緩め,眼窩脂肪を眼窩縁に移動させることで,皮膚から突出した眼窩 骨縁や,そこから鼻部に向かって伸びる溝形成を緩和させるという新手法 Hamra 式下眼瞼形成術を実施した.
しかし,皮膚切開法による目の下のクマ(くま),たるみ治療(下眼瞼形成術) を行うと,下眼瞼縁の変形などの問題がある一定の割合で起こることがわかっている. その主因は,皮膚切開時に眼輪筋に伸びる顔面神経末梢枝を損傷することで眼輪 筋機能低下が発生し,瞼板が弛緩することで下眼瞼の外反傾向が起こるからである. このように皮膚切開法を用いた下眼瞼形成術に伴う下眼瞼縁の変形や外反を予防 するため,眼瞼縁外眼角部の支持処置の重要性が知られるようになった.

 

中高年にも適応が広がった経結膜的下眼瞼形成術

 

そもそも外眼角形成術や外瞼板抜去術は,外傷など何らかの原因で発生した眼瞼 縁の変形修正のための治療手技であった.近年これらの手技は,美容外科目的で行 われる下眼瞼形成術にて,眼瞼縁変形の予防としての意義が証明され始め,1990 年以降は下眼瞼切開法は中顔面の若返り治療としても用いられるようになった.

このアプローチで広範囲に中顔面を剥離し,より大きな効果をもたらす治療が進化するにつれ,下眼瞼縁支持に関与する手法が中顔面挙上治療の中で重要な役割を占めるようになった.
一方,皮膚切開をしない経結膜的アプローチによる目の下のクマ(くま),たる み治療(下眼瞼形成術)は 1928 年の Bourguet の発表以来,80 年以上に亘り,ヨー ロッパを中心に行われてきた. また1970 年代および 1980 年代,北米にて数々の文献が発表されたが,Zaremと Resnick の画期的な発表のおかげで,この手法が世界中で認知されるようになった.
経結膜的下眼瞼形成術の初期,この方法は若年層で脂肪のみが突出し,皮膚の弛緩がない症例のみの適応であった.近年その適応が中高年層にも広がり,多少余剰皮膚が存在する場合でも,良好な成績が得られるようになった.特に皮膚切開法にしばしば伴う下眼瞼縁の変形等が発生しないため,その技術が確立されるにしたがって,この方法が大変良好であることが証明された.

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.cuvo.jp/mt/mt-tb.cgi/2545

コメントする